補足1


WAの作詞者について。実在の作詞者さんがいらっしゃることはさておき、作品上、WAの作詞者は森川由綺となっています。となれば、当然作品内でもWAの作詞者は由綺ということになるのでしょうが、ここで疑問が生じます。というのも、単純に由綺の歌として作られているにしては、WAが冬弥の裏設定(1番)とはるかの裏設定(2番)に最大限に合致しすぎているのです。由綺の設定以上に。ここにきて「作詞・森川由綺」という設定自体が疑わしく、壮大なひっかけである可能性が出てきます。つまり、冬弥とはるかの事情を知りつつ、それを表向き由綺の歌として取り繕うことのできる人物がゴーストライターとして存在しているということ。例によって弥生だと思います。アルバムの空白部分がこの先ずっと白いままという点で、弥生自身の歌としても成り立ちますしね。弥生は「冬が好き」と語り、空から降る雪を嬉しそうに眺めます。その態度から、それはそのまま「雪が好き」という話でもあると思いますが、その意味する所は「雪=由綺」「由綺が好き」という単純な語呂合わせでは全然なく、「あの夏の血染めのアスファルト」の記憶を清浄に覆い隠し、苦痛を一時でも和らげてくれるという理由で、対極にある「冬に降り積もる雪」に救いを求め、楽曲のテーマとしているのだと思います。個人的な感情吐露です。エゴ丸出しです。天に召された彼が(いや、側にいるけど)、雪という実体となって弥生にそっと触れてくれます。そして背後霊として肩を叩いて励ましてくれているのでしょう。ゴーストライターってだじゃれですか。実際に歌うのが「はるからしきもの」の由綺であることから、本来WAの骨組みは、妹による兄への追悼歌であり、その気持ちは弥生も同じなのでついでに便乗している形なのだと思います。そしてさらに冬弥とはるかの事情も大々的に盛りこんで肉付けされ、そちらがメインになっています。とりあえず「冬弥君に会えなくて寂しいよ」程度の感性で成り立っている歌詞ではありえないと思いますが、表向きは由綺の作詞ということで落ち着いているようです。「由綺さんの作品です」と言って、純情可憐な歌詞を素知らぬ顔で提出する弥生を見て、兄二人でニヤニヤするのもまた一興です。それが弥生さんの正しい楽しみ方です。なりすまし説の例証は色々出揃っています。バレンタインの銀色の腕時計や、お見舞いでの栄養剤取り揃え各種の時も、弥生は頑として「由綺さんが」と言い張ります。あくまで由綺の意向だと言って、自分はあくまで無関与のおつかいのていで押しきります。その割には受け取ってもらうのに気がはやっていたり、お礼を言われて嬉しそうにしたり、本気でバレてないと思ってるんですかね?興味ありませんって素振りで表情を固めつつ、盛んにふりふりしてるしっぽが見えちゃってますよ。犬だなあ。


由綺サイドからの検証。本当に由綺が作詞しているのなら、冬弥に対して格好のアピールポイントになるはずなのに、由綺は作中一切「私が作詞したんだよ」とは言いません。ピアノ曲は「私が弾いてるんだよ」とアピールする由綺がです。率直で言いたがりの由綺が、冬弥に事実を隠し通すことは考えにくいことから、やはり由綺が作詞しているのではないと考えます。また、ゴーストのことを黙っているよう命じられれば、素直な由綺はそれに従うので、秘密は保持されます。嘘の暴露に関しては、由綺の自己顕示欲を満たす要素はないので、特に彼女が明かしたいと思うことはないでしょう。


一方、作中で理奈がSODを作詞したという情報が理奈自身の口から出てきますが、現実の表記は実在の作詞者さんとなっており「作詞・緒方理奈」とはなっていません。「作詞・森川由綺」は偽装として存在するため、実在の表記にラベルが貼られている状態であり、かたや「作詞・緒方理奈」となっていないからといって、必ずしも理奈が作詞をしていないことにはなりませんが(SODに偽装が存在しないなら表記にラベリングされないから)、仮に理奈は作詞をしていないと仮定して、その裏を推測すると以下のようになります。どう考えても由綺に作詞の才能なんて見受けられないのに、英二が由綺に箔をつけるために彼女にだけインチキを施したと考えた理奈は、自分にも作詞の才能があると思わせたくて冬弥に噓をついた。そうすることで由綺と同条件となり、多少は溜飲が下がります。まあだまされたのは冬弥だけですからね。作中世界の中で、実際には作詞が緒方理奈になっていなくても、自分の言動を「うそうそ、冗談よ」にもできますし、何なら「本当は理奈ちゃんが作詞してるのに伏せてるんだ、能ある鷹はナントカだね!」と冬弥に思いこませることもできます。冬弥はちょろいですからね。理奈曰く、英二は楽曲作りの際は常に一人であり、誰一人として、妹の理奈でさえもその作業に立ち入らせることはありません。それなのに、WAの作詞は由綺に任された。それがインチキだとしても、由綺を共同制作者として世に発表したことが許せないし、実際に由綺がちゃんと作詞していたとしたらなおさら英二に片腕として認められた彼女を許せません。要するに、由綺の待遇が理奈のそれを「上回った」ことが問題で、この点からも、理奈は作詞を許可されていないと考えて良いでしょう。何事にもフェアを要求する理奈は、由綺に張り合って、自分にも作詞くらいできると冬弥にアピールしているのです。既に英二によって完成していた作詞原稿を見せつけて。冬弥への相談の場で、仮に歌詞に手が加えられたとしても、理奈が冬弥に見せたものが既に英二による決定稿なので、変更が作品に反映されることはありません。幸い、冬弥はこのままがいいと言うので嘘は発覚せず結果オーライです。まあ、理奈ちゃんの嘘なんて実害がないから可愛いものですよ。とりあえず、歌詞の真意を把握していたら、あんなに堂々とは歌えないと思います。自分の秘すべき実態に関わることですからね。歌う理奈当人は、ちょっと強引でかっこいい架空の恋愛の歌詞くらいにしか思っていないと思います。全部英二の裁量で、理奈は、自分の本質と兄への執着、正気を保ち続ける誓いを「知らずに言わされている」のです。理奈は自分で自分を頭いいと言いますが、あまり察しは良くないようです。冗談なのかもしれませんが、本気で言っているなら理奈は己を知らないと思います。


さて作詞の件を含め、英二の由綺への優遇が理奈の立場をおびやかし、理奈編の発端となっていますが、実際には、先ほど述べたようにWAはおそらく弥生の作で、英二は彼女を片腕と見込んで目をかけています。英二は弥生との理念共有を楽しんでおり、秘密共有も楽しんでおり、また由綺を矢面に置くことで、弥生が理奈に敵視されないように配慮しているのだと思います。「『はるかさん』に嫌われた」という図式は弥生を心底傷つけますからね。という訳で、理奈は本当なら弥生に嫉妬するのが筋なのです。由綺への嫉妬によるあれこれはすべてむなしい空回り、徒労だったということです。ご愁傷さまです。真相に至ると、何かと扱いが悪いアイドル陣に泣けてきますが、表面上ではその扱いは別格で底上げされているので、プラマイゼロといった所です。ちなみに弥生の作詞に関するそもそもの信憑性ですが、パネルで、言葉を駆使する文学作品全般を文字の集合だとか作者の妄想だとか言ってぶった切ってますけど、弥生はああいう性格なだけです。とりわけ自分寄りのことに対して辛辣なだけです。脛に傷がなければ完全に無関心でしょうから、ことさらに難癖つけるってことはそういう指向ってことだと思います。感性豊かな実質を知られるのはプライドが許さないのか知りませんが、相当こじらせてます。冬弥目線だと怖くてとても茶化すなんてできませんが、英二目線だと結構可愛がり甲斐のある面白い人みたいです。真意が不明で謎めいている間は、優位を保ち、冷徹なイメージを崩さない弥生ですが、ネタが割れてしまえば割に意図の読みやすいまっすぐな人です。かっちり堅めのスーツの下に淡いピンクのハイネックが覗いているあたり、どうもやはりそういうキャラ設定の表れなのかもしれません。武骨なスーツと妖艶な黒下着のせいで見落とされがちですが、間に着こんでいる服の色は冷たい白ではなく初々しい薄ピンクです。指摘したら次から着なくなるので黙っていることにしましょう。


それぞれが、アイドル二人の手による各々の冬弥への想いを綴った歌なのだと、事実そう喧伝されているだけに、疑いもなく信じられているWAとSODの2曲ですが、どちらの人物にもその能力はなく、また作詞していないだけに歌詞に組みこまんとする感情も元から存在しません。歌う際に多少のあり合わせの心境はこめるかもしれませんが特に深いメッセージはなく、彼女たちの歌としては皮だけのただのメッキ、張りぼてだったという訳です。よくもまあ世をだまして平気でいられますが、それが売り出しの戦略というものです。曲がりなりにもWAは芸能界もので通っていますし、そういう仕掛けあってこそ、秘密の裏話はあって当たり前です。真相は、弥生の乙女趣味な可愛さと英二の不道徳な言わせたがりという本当に誰も得しない恥ずかしい実態なので、それよりは、どちらもアイドル入魂の歌詞として、鳴り物入りで発表した方が体裁は整うと思います。


はるかが弥生の職業を知っているかは判りません。その辺、何といってもはるかで、特に気にせず訊きもしないので、弥生の方も言わなくて済んでいるのだと思います。「メディア関係を多少」と言えば「ふうん」で終わりです。由綺周りの関係者とは知らないと思います。ましてや秘密の作詞業なんか知る訳がありません。はるかは由綺の歌を「すごく由綺っぽい」と語ります。はるかはそれら全部英二が作っていると思っているようで「由綺のことよく見てる」と評価しますが、まさか由綺の歌が総じてはるかをイメージした歌だなんて、本人、想像だにしていません。お気に召してはいるようで何よりですが、モデルの自覚はなくのんきなものです。まあ、それはそれでいいんです。別に弥生は、はるかに想いを届けたくて由綺の歌を作っている訳ではなく、完全に自己満足のためですから。由綺の育成は、ある部分でははるかとの繋がりから離れ、英二との関係を主体に置き換わっています。ビジネスとして、自分の中にある理想の女性像(はるか)を余す所なく表現したい。それを英二は理解し、後押ししてくれる。英二との信頼関係を大切にし、彼の期待に応えたい。そういう訳で、由綺の偶像化計画が現状でのはるかと冬弥の精神症状を悪化させるものだと判っていても、英二への忠実な誓いのため、弥生はもはや遂行を止められないのです。任された仕事を途中で放り投げるのは、社会人として褒められたことではないですしね。


さて由綺の歌についてですが、はるかを投影しつつ、由綺そのもののイメージとしても無難に成り立っていなくてはならないので、作詞には非常に高度な技能が要求されます。その点、弥生には豊かな教養が想定されるし、余分で雑多な感情を削ぎ落として適切な言葉を選ぶ理性もあるし、情緒あるみずみずしい感性も備えています。もうここまで謎解きしたら、本人は不機嫌に否定するでしょうが弥生の中身がおっかない姿に似合わずピュアで萌え萌えなのは自明です。表現する人物像に確固たるビジョンがあることからも、由綺の歌の作詞が弥生でない道理はないのです。英二としても、見た目に可愛い由綺が見たまま可愛いこと言ったって面白いことは何もない訳です。強面の弥生が可愛い内面を持っているという知られざるギャップがいいんです。目をかけてとことん可愛がると険しい顔してご機嫌斜めになるので、そこもまた可愛いんだと思います。中高生ですか。由綺を示して弥生へののろけを語ると、気付かない弥生は由綺を褒められて嬉しそうにするので、それもまた可愛い。勝手にいちゃついてて下さい。ちなみに無根拠で無責任な想像でしかありませんが、由綺本人に作詞させたら「会いたい、会いたい、会いたいよ」とか「肉まんあったかくておいしい」みたいな単調で浅い歌詞しか作れないと思います。それはそれで親近感持てていいですけど、大手を振って売り出せる代物にはなりそうもないです。なお由綺の関与なしに作られた由綺の歌に対し、由綺自身が「作詞した」際の心境を問われた場合どう答えるかですが、弥生が公衆向けのコメントを一字一句徹底的に由綺に叩きこんで、模擬対談を十分に実施しているので問題ないです。由綺は台本通り、それらしい秘話を間違えずにリピートするので、基本的に誰にも疑われることはありません。ただ、はるかは由綺の歌作りを英二が全部担当していると思っているようで、由綺が作詞していない事実を何らかの言葉尻から見抜いているのかもしれません。多分「私が作詞した『ことになってる』」といったごく由綺らしい言い方でぽろっとうっかり口走ったのを、聞き逃さなかったのだと思います。聞かなかったことにして指摘しないでしょうけど。はるかの見立てに限らず、英二のフル担当はあの世界の常識としても周知されているようで、また英二本人も、彼自身が全部作詞作曲して他人には関わらせない旨、普通に語るので基本と公はそうなのだと思います。自分の曲に誰かが歌詞をつけるという形態はありえないようです。ただおそらくは、唯一、得がたい才能を評価している弥生に対してのみ、彼女の作詞先行で「この歌詞に俺がいい曲つけてあげる」という贈呈方向のアプローチだけは存在するんじゃないかと推測します。


英二は由綺の人柄と才能に惹かれているとされていますが、その「森川由綺」は由綺本人ではなく「森川由綺」を構築する本当の中身なのだと思います。英二がオープンな嘘つきで想像を裏切るのが常ということは、設定として初めから知らされているはずのことです。冬弥の主観を通して、作中何度も「由綺と弥生は正反対」だとしつこく対比され、その印象格差が際立ちますが、事実、内外両面で、その二人は正反対の性質を持っています。そして二人ともその性質は内外で正反対です。弥生の中身は由綺の外側から期待される印象に限りなく近く、そして由綺の中身は由綺の外側から想像がつくものとは全然違ったものです。弥生が精魂こめた歌詞が、由綺の「外側の」イメージにぴったり符合するのはそういう理屈で、「由綺」への愛を語る英二に何らごまかしがなくリアル、彼の中でそれが「真実」でしかないのも同様の理屈です。そうした見かけ上の人物像の食い違いと、異なる二人の内外の互い違いな部分一致、意図的な取り違えのもと、英二は弥生を全面的に愛して大切に手元に置き、一方では由綺の本質をこの上ない娯楽として興味を持ち、面白がっているのです。宝物とおもちゃ、この二つは英二の中で全然別の存在です。もっとも、宝物をおもちゃにして遊ぶこともありますけど。


英二の初期パネルで、ラブソングの作詞についての言及があります。たとえば恋人が事故で死んだとして、その死体に向けて冷静に心のカメラのシャッターを切れるか、ぐちゃぐちゃで生々しい感情を綺麗な歌詞に収めきれるかと問いかけます。内容がやたら具体的です。ダイレクトに弥生の事情そのままで、のっけからフルスロットルで正直引きます。いいの?こんな早々にやすやすとぶっちゃけて。この会話の際、辺りに弥生がいないから気にせず大っぴらに話しているのか、逆に近くにいるのを確認してわざと聞こえるように意地悪しているのか、英二の意図は判りませんが、確実に彼は弥生の事情を詳しく知っています。えぐれた心を直視して行う作詞作業について、英二が「俺にはできそうもない」と脱帽していることから、それをやってのける人物を実際に見知っていて、彼がその人に深い敬意を持っていること、また少なくとも鎮魂歌と見られる歌詞については英二の作詞ではないことが示されます。そして、弥生の過去とWAの歌詞に考えられうる解釈を照らし合わせた時、その両方が英二の話す内容とぴったり一致し、WAは弥生の手による歌詞だとほぼ確定します。初期パネルということもあり、労せず難なく取れることから、ネタバレの強行フライングもいいとこですが、ぱっと見は、特にシナリオ中枢に関わらないただのたとえ話と職業うんちくにしか見えないし、まさかそれが弥生の根底に関わる重大な話とは思いません。それに弥生に複雑な事情があると判るのは真相の解読が割と進んでからなので、その事実を掴んだ頃には、英二パネルにそれとかぶった話があったことなどすっかり頭から消え去っています。既読スキップしたいのを我慢して、今一度テキストを読み返してみると、初めから描かれていたのにそれまで気付けなかった、面白い真実が掘り起こせるかもしれません。ちなみに、一度読んだら以後はもう完全に早送りモード確定の、クリスマスライブ後の順当展開で、英二は冬弥と由綺の初々しいやりとりを指して「弥生さんはこんな身を焦がすダイレンアイを経験なさりました?」と、過剰に強調する茶化し方で弥生の顔色を窺ってきます。舞台袖で唐突に始まる英二さんのサディスティックプレイ。固まる反応が可愛くてついいじめたくなるんでしょうね。そしてどうやら事実を否定したらしい弥生さん。彼が急死したから結果的に悲劇の大恋愛っぽくなってしまっているだけで、何事もなければ、そのままだらだらととりとめもないお付き合いが続いていたでしょうから、そりゃまあ、大恋愛ではないと普通に否定します。そういう話でもないか。ともあれ英二は弥生の過去ごと包みこんでおり、かなり屈折はしているけれど器の大きい大人な男性だと思います。確認として、いつもの世間話のノリで「英二さんって、ひょっとして弥生さん好きなんですか?」と軽ーく探ってみたい所ですが、えっ、訊けます?乾いた声で笑いながら英二の目が完全に本気だったらと思うと。嫌ですよ、そんな怖いこと。弥生も、誰にも期待されていないその無駄な純愛路線(しかも2パターン)、少しは他に譲ればいいのに。


英二が弥生と一緒にいたがり、その時間を努めて設けるとして、そこには大抵由綺も必ずいるので、それを見た理奈は由綺の方に嫉妬し、歯噛みするという次第です。由綺を陽動とすることで近くで待機している弥生に目を向けさせません。また英二はストレートな交流だけでなく時には面倒なやり方も好むので、直接弥生と会って話すことなく、伝言ゲームよろしく由綺を介して由綺育成の詰め作業を小出しで進め、弥生の次の手を心待ちにすることもあります。会わない時間をあえて作って楽しみを増しているのです。それが、理奈編で理奈が騒いでいる英二の由綺単体への接近の実態です。英二が例外的に、由綺に音楽の話をするのも、由綺経由で弥生に主旨を伝えているに過ぎません。由綺はただの伝令です。第三者を通すことで正確に伝わらないもどかしさも含め、それでも意をくんで反応してくれる弥生との合作が嬉しいのです。大本営の由綺ではなく、まさか伏兵として控える弥生がターゲットで、英二の思考の軸になっているだなんて理奈は夢にも思わないでしょう。ちなみに英二が恋愛するにあたって自分の年齢を気にするのも、由綺との年齢差が気になるのではなく弥生に関する理由でです。英二は弥生に年下好きという不名誉なレッテルを勝手に貼っている上、その彼は若いまま永久に年を取らないので、英二が生きている限り弥生の理想とは離れていくばかりだからです。冬弥というのはちょうどその年頃であり、英二はただ純粋に、汚れなく何一つ確定していない可変的なその年齢を羨んでいます。さすがに弥生ベースの恋敵としては認識していないと思いますが、冬弥が弥生のストライクゾーンと踏んで「弥生さんって割と青年好きそう」と、ツバメ的な可能性を怪しんでいるのかもしれません。能力面では著しい差異がありますが、多分、故人も中身は冬弥やはるかと大差ない、ああいう素朴でいとけなくゆるい感じの人だったと思います。兄だけ大人びた真人間なんてことは絶対にありえないです。公では猫をかぶっていたかもしれませんが、本質隠しを徹底している訳ではないから自然と表に出ていただろうし、英二ほどの洞察力があれば大体は見抜けます。英二は弥生の本当の本命が誰かを正確に把握しているので、その分析の精度も高いです。何だかんだで冬弥の方が、由綺よりよっぽど弥生の好みのタイプに近いと見ていると思います。


「森川由綺」の完成は、そのまま、未完の「河島はるか」の完成でもあり、その「完成」を通して、弥生の願いを叶え、満足させ、彼女の気を引く。それが英二なりの愛の形なのだと思います。英二にとって由綺は、弥生への愛を形作るツールであって、だからこそ執着もしますが、由綺本人にはそこまで愛情はないのかもしれません。弥生の心の支えを奪ってくれるなという意味で、由綺をめぐって冬弥を牽制してきます。過去に深く傷を負い癒えないままでいる弥生の、ようやく手にしたなけなしの痛み止めを取り上げ、さらに追加で彼女を無配慮に痛めつけるのは、彼女の行く末を見守るこの俺が絶対に許さない、と英二は宣言しているのです。弥生の安寧が大事なのであって、由綺そのものの扱いはそこまで大事ではありません。現に英二は由綺に対する物扱いを何ら隠していません。さて由綺が「完成」して、ひとたびはるかのイメージを突破すれば、由綺は、河島青年とはまったく関係のない、英二と弥生間の限定ツールとなります。以降は晴れて、由綺育成と楽曲制作を通して弥生と存分に愛を深められるという訳です。また別に由綺ただ一人にこだわる必要もなく、弥生に確かなはるかイメージが存在する限り、スペアはいくらでも探せます。時には視点を変え、角度を変えたはるか像に向けて、弥生の気が済むまで錬磨を何度でも繰り返せます。要するに、弥生の熱意を二人で具現化したいというのが一番で、実際に仕上がる形態は二の次、大事なすり合わせ過程のただの結果です。作品にはちゃんと愛情も責任も持ちますが、その半永久的な共同制作期間が一番、充実して満たされる時間なのです。気が長いというか回りくどいというか、屈折してますね。ちなみに弥生自身は、当然のように英二は由綺に夢中だと思っており、由綺への没頭の裏にある弥生への求愛には全然気付いていません。英二側でも弥生の無自覚ありきで彼女を慈しんでいるらしく、現状が温存されるよう気を配っています。英二としては弥生が故人を想い続けていても一向に構わないようで、それはそれとして、自分は別方向から弥生にアプローチして独自の関係を温めようとしているみたいです。英二はすこぶる癖の強い曲者のようですが、実際には偽悪者で、その本質は非常に純粋で清潔な人なのかもしれません。残念ながら、英二よりも優位に立てる人物はWAの作中に存在しないので、そこをいじって構う場面はありませんが、すべてを見通せる読み手目線で、英二の弥生への態度を見てニヤニヤすることにしましょう。知ってしまえば、英二は別段何も隠していないのが判ると思います。クリスマスでの英二の由綺語り、よく読むと弥生の話しかしていません。作中での英二の発言通り、彼が本当に由綺その人を愛している可能性もあるにはありますが、真相の全体図を考えると、ちょっとそれだけで終わるとは到底思えない気がします。一応は由綺がヒロインと銘打たれているので、誰もが由綺を意識して、由綺を中心に展開しているように話が運びますが、実際作品を裏で牛耳っているのは弥生ですからね。需要完全無視で扱いが高待遇です。さて、多くの真設定に関与する事情通ということで、弥生は破格の位置づけにありますが、完全なる傍観者・フランク長瀬も、喫茶店マスターという立場からひたすら店内を定点観測して、ひょっとしたらすべての過去や経緯、相関図を把握しているのかもしれません(マナ関連は除く)。けれども彼は守秘義務を徹底しているので、事情を聞き出すことはできません。どうにかして喋らせたいものです。


自己中モンスター・森川由綺を、無私の化身・河島はるかに近づけ、その実質をカモフラージュするには、かなりのペテンの手腕が問われ、英二にとって非常にやりがいのある挑戦です。由綺自体にも、実質を見えにくくし根拠のない好印象を与える特別な魅了の才能が元々ありますが、それでも彼女をそのまま野放しにしていては真相発覚の可能性は高まります。「森川由綺らしきもの」という中身の伴わない幻想を、まことしやかに世に送り出し、魅せ続けるのは、英二の演出にかかっています。スリル満点でぞくぞくしますね。また、由綺に投影されるイメージ自体も特別な魅了性を持つものです。はるか本体はそれほどでもなくても、喪失感と再確認で美化された弥生の中のはるか像は途方もない輝きを放っています。さらに弥生の口頭で脚色され、伝聞で英二の元にそのイメージが届く頃には魅力が最大限に増幅されています。実像をいぶかしんだ英二が誇張分を差っ引いたとしても、相当な人格的価値が残ります。そんな理想像を由綺はそうと知らずに背負わされている訳です。理想の具現でありながら、けっして遠い存在ではなく、飾らず等身大で身近であるという「森川由綺」のコンセプトは、そのまま「河島はるか」の持つ基本属性です。普通なら、はるかという過剰イメージを添付されたとしたらその重圧に押し潰されてしまう所、由綺は確固たる不動の自意識を持っているので、抱えきれない幻影を押しつけられても何一つゆらぐことなく自分であり続けます。現在は過酷な生活で自分らしさを見失いつつある由綺ですが、根が頑強なのでへこたれず持ち直すでしょう。そういう点でも由綺はアイドルとして類まれな才能を有しています。その才能はプライベートでも発揮され、冬弥を魅了し、彼の認識異常を累積させつつ、彼の認識と自分自身との間にある根本的なずれを意にも介しません。冬弥に褒められたら「そうなのかな」とそのまま受け入れるだけです。こうした由綺の元々の性質ゆえでもありますが、英二の手によるイリュージョンも追加され、冬弥の認識異常はさらに深刻をきわめています。


英二は別に、由綺や理奈のような古臭いコテコテのアイドル像を理想としているのではなく、あくまで「偽物」であるそれらを、あたかも「本物」に見せかけることを重要視しています。「虚像」を送り出してだますことが理想です。由綺の受け止め方について冬弥に辛口な要望を向ける英二ですが、彼は自身の固い信念に従っているので偽物を提供するというその表現や理念展開に何も恥じる所はないけれど、由綺そのものへの扱いについては彼なりに多少は心苦しさを感じているのでしょう。英二が冬弥を、由綺が「由綺」でいられる唯一の救いと見なしているのは、そのプロデュースが由綺の素地を活かしたものではなく、由綺本来の人間性を完全に否定したものだからこそです。雑多な枝葉の部分では一応由綺本人の特性も尊重しているものの、核となる主要な方向性は由綺自身とは対極を指すものです。良心がとがめるので、それを軽くする意味でも、英二もまた冬弥に救いを求め、望みを託しているのです。皮肉なことに、冬弥は何重もの幻惑によりまともに真実を受け取ることはできませんが。芸能界特有の虚実問題も踏まえ、二人の偽/真ヒロイン絡みの非常に限定的な虚実問題が、WAの隠れた主題の一つです。「ホワイトアルバム」には「白昼夢の日々」という意味もこめられています。


英二の非科学的な洗脳能力は、心の壁という同じく非科学的なバリアを持つ冬弥には通じないため、冬弥には英二によるブーストのうち現実的なものだけが通り、その威力でもって幻惑されています。WAが表面上は現実的な物語のていで描かれているのは、当の語り手が、英二の特殊能力を無力化して変な影響なく受け取ることのできる冬弥だからです。いわばそれが冬弥の特殊能力です。しかしその受け身な性質上、所持能力としての発現を明確に描写されることはありません。ただそれとなく暗喩的にほのめかされるだけです。冬弥は英二の超常的な力を知覚していながらその影響を客観視している様子で、普段通りの何てことない言い方で流すため、まさかそれ系の現象が起きているとは思いもよらず、言葉の上では冬弥によるただの誇張表現にしか見えません。冬弥は内外ともに、英二の能力に左右されないのです。英二が時々冬弥の反応に興味を持つ様子を見せるのは、洗脳が効いていないらしき冬弥を例外サンプルとして検証したいからかもしれません。英二と冬弥双方の非科学的な力がぶつかり合って両者無効のさらな状態になっているため、作中の英二は天才とはいえあくまで普通の人として描かれ、冬弥も普通のまやかしである限りは存分に影響を受けるという状態です。ちなみに無防備で影響を受けやすい彰なんかはいともたやすく操られ、由綺のステージを見たら「改心する」やら何やら怪しげなことを言っています。はるか?彼女は大概反則キャラなので、当然のように効いていないと思います。技を見切って回避することで影響を無効化しているんじゃないでしょうか多分。


弥生は理奈の真相にも関与しており、理奈に別の人格が存在することを知っているようです。しかし作中の理奈の様子を鑑みるに、彼女が自分の真実について明かすことなど考えられません。まれに「完璧ではない自分」について何かすごく言いたそうな素振りで口ごもりますが、そこはプロ、けっして「演技」を崩しません。無垢なペットもとい従順な下僕ともいえる冬弥に対しても口を割らないのに、一応多少は脅威に感じている弥生相手に真実を明かし「緒方兄妹の秘密」に立ち入らせるはずがありません。おそらく英二との取り決めで秘密の厳守も課せられており、理奈の口からは誰にも何も言えないのだと思います。その命令は絶対です。にもかかわらず、弥生は事情を知っている。これは、もう一人の当事者であり首謀者でもある英二が話したと考えるのが妥当でしょう。英二は弥生の真相、つまり亡き恋人の面影を英二に求めていること、またそれに伴うあれこれを知っています。弥生がそれを自分から言う訳がないので、英二の方で探り、突きつけたのは確実です。弥生の弱点を暴いて土足で踏みいったことへのお詫びなのか、それに対して自分の弱点も晒すことでおあいことしているのか、それとも弥生の周到な反撃で逆に弱点を握り返されたのか、細かい背景と心境は判りませんが、英二は理奈の真相を弥生と共有することで、彼女を取りこみ密接な関係を築いています。「共犯者」として弥生を心から信頼し、英二の中で彼女が大きなウェイトを占めているのは間違いないと思います。何にせよ「由綺が好き」とかよく真顔で言えるなあって思います。「愛してる」とか思わせぶりなこと言って真剣に悩ませておいて、実は全然違ったと知れたら、由綺の高すぎる自己評価全壊で、彼女にとことん逆恨みされるんじゃないでしょうか。そういう性格らしいですし。もっとも真実を言わなければ由綺の方で英二をふるのは既定路線なので何の問題もありません。由綺のペースを乱して勝手にキスしてきた英二には由綺のお眼鏡に適う資格はありませんからね。由綺にとっては自分の気持ちが第一に尊重されることが絶対の必須条件です。英二が本当に由綺を好きで彼女をほしいと思っているなら、もっと有効なやり方があったはずで、また英二がそれに気付かないはずがないので、やはり英二には由綺にその気はないのだと思います。弥生に対する入念で泰然とした歩み寄りと、一見情熱的とはいえ雑で浅慮な由綺への言い寄りとで、英二の人間性は一致しません。そのどちらかはフェイクです。


何とも思っていない相手に心にもなくキスをするくらい、その程度なら英二は平気でしますよ。お芝居での割りきった絡みみたいなものです。開き直った嘘つきですからね、あの人。逆に本当に大事な相手であれば、そうそう軽率な行動は起こしません。じっくり様子見して信頼を得て頃合いを見定めて「いける」と間違いなく確信できて初めて、ようやく行動に移すはずです。ただ、目下弥生はとても「いける」状態ではないので、打ち明けがのびのびで先送りされているだけです。下手に早まって言い寄ったりしたら、過去のしがらみを断てていない弥生を泣かせることになるのは確実です。惚れた女を迷わせ、苦しめるようなことはできません。心も定まらないのに「ご指示であれば従います」なんて展開になった日にはお互い不幸です。彼女の傷が癒えるように陰ながら手を尽くす一方で英二は、彼女の傷が癒えるその時まで自分の思惑を隠し、手をつけずに大切に守り続けるつもりでいるのです。ひょっとしたら「その時」が来ないままでも、英二は構わないのかもしれません。弥生を見守ることそれ自体に十分な愛を感じてしまっていると思います。


つか英二にとって弥生は事実上の女房役というか、既に「俺のかみさん」状態で、正式に結婚していないだけで何かもう完全に夫婦同然の関係が定着してしまっているので、別に形式的なエンゲージや立場確定は今さら必要ないのかもしれません。長いこの先を経て振り返った時、連れ合いとして苦楽を共にし、分かち合う時間を過ごせたという確かな積み上げがあれば、それでいいんじゃないでしょうか。熟年夫婦の年月にさしかかり「なんか俺達って夫婦みたいだよなあ」とからかった時に、まんざらでもなさそうな弥生が陰りを見せることなくちょっとでも照れれば、英二の願いは希望通りに達成されたと見ていいでしょう。長期スパンでの地道な人生設計です。弥生さえ気持ちの整理がつけば別に今すぐにでもいいですけど。英二はひたすら弥生ファーストで、彼女が望んで自分を選ぶという流れを何より望んでいます。それでこそ完全成就、弥生の心をばっちり得たことになるのです。


英二に関する注釈。彼の沽券に関わる話なので慎重に。派生元の罪に応じた報いなのか、冬弥が記憶喪失による迷走、河島兄が事故での早世と、それぞれ相当重い罰が下っているのに、英二だけが何の制約もなく放置されているのは不自然です。能力を好きに発揮させているだけに、その野放し感は一層のことです。一応、複合体の理奈に対し、血縁ゆえに両面手出し厳禁になったという制約はあるとはいえ、元々禁忌を破って手を出したという前科があり、そんな制約は何の歯止めにもなりません。やろうと思えばどうとでもしてしまえるはずです。しかし緒方兄妹にはそんな素振りは微塵も見られません。二種の理奈という誘惑にも動じない強靭な心を持ちえたと結論づけることもできますが、元が元だけに、英二が何のアクションも起こさないのが不思議でなりません。これはつまる所、何かしようにも元より何もできないからではと考えます。弥生との関係も、楽曲制作を介した非常にプラトニックな形での共同体です。故人と弥生の過去への配慮がそうさせているのかもしれませんが、それにしたって綺麗すぎます。これもまた、あえて精神的な関係を選んでいるのではなく、肉体的な関係は初めから望めないため、自動的に今の状態に落ち着いているのだと考えます。あの人がやらかした罪科への報いとしては、これ以外に考えられない至極妥当な罰だと言えます。英二はこれまでに女性関係の醜聞は皆無というゆるがぬ事実があります。そして英二が過去の自分の恋愛を振り返って「隠しごとは、する方もされる方も痛い」「自分はこんなのばかりだった」「相手の健気が歯痒い」と語るのは、結局最後までは応じきれない秘密の事情ありきかもしれません。つまり、ほいほい浮気する冬弥サイドと違って、由綺が英二に寝取られる可能性は完全にゼロということです。パネルでの下品なベッドジョークも、まったく無縁の身で放つ完全無垢な他人事ジョークです。所属アイドルをつまみ食いするだめなプロデューサーというのはまったくの幻で、その実質はありません。何か問題になったとしても、そうした動かぬ事実があるため、いたって平然と無実を表明できます。事情を公表するのはさすがに英二もためらうと思いますが。まあスタンダードにこだわらなければ、色々やりようはあるので、英二は別に気にしていないかもしれません。弥生にもその辺のノウハウはあると思うので、彼女との関係に限っては特に支障はないと思います。弥生の同性愛設定は意外な形で活きてくる訳ですね。二人がそういう進展を望めばの話ですが。ともあれ現状での精神性に純化した関係は、ある意味かけがえなく価値あるものです。目下の二人にとっては今のままが最良の愛の形なのかもしれません。その方が、河島青年も気兼ねなく取り憑いていられますしね。以後も円満な三角関係を維持することができるでしょう。弥生が兄二人にもてていようが、冬弥を主人公とする物語にはあまり関係なくどうでもいいことなので、特に解読する必要はありませんが、ここまで来たらついでです。番外編とでもとらえましょう。