補足16


WA本筋からの脱線話がしつこく続きますがご容赦を。派生元においてあの人は物語の中心人物ですが主人公ではないため、彼一人称での詳しい事情描写はされていません。あの人の口ずから強烈な閉鎖的シスコン精神が事細かに語られるとしたら食傷必至なので第三者ナレーションで手短に流すくらいがちょうどいいのです。で、派生元の舞台背景の流れですけど、夏に人知れず家庭内でやらかしたのと年度末にそこらじゅう巻きこんで盛大にやらかすのとの間に、空白期間というか潜伏期間があるんですね。そしてその間の状況経過は作品内では描かれていません。でも水面下では静かにステージは進行していたはずで、その頃急速に接近していたであろう包帯さんとの関係が大きな鍵となってくる訳です。包帯さんがまだ無傷の後輩さんだった頃、あの人とどんな痴情のもつれを展開していたのかが問われますが、作品上のメインストーリーではないのでまるまる割愛されています。親友の眼鏡ちゃん証言を拾った限りでは、恋する幸せいっぱい?でいて心なしか辛そうな印象?に感じられますが、あくまで感じ方程度のもので詳しいことは何も判りません。そこは想像の余地ということで、それが意図的になのか結果的になのかは判りませんが遊びの部分ができています。


美咲編はそんな、テキスト上では実存しない、派生元にあったであろう非言及の「可能性部分」とリンクして展開していきます。これもまたプロットとして企画段階から計算して組まれていた構造なのか、それとも結果的にたまたまそうなってしまっているだけなのか、脚本工程は定かでありませんが、派生元で余白になっていた部分を派生先で立て替えて補完するという形で物語が再構築されています。


美咲編の真の裏としては、半身との隔絶という大きなストレスを抱える中で、別の手近な人間を相手にして気を紛らしていく現状というのが派生元の背景と重なっています。そして美咲編の表、すなわち実際可読なノベル部分では、元々は「ただの行間」であった気晴らし相手との関係進行の方がメインストーリーに繰り上がって描かれることになります。無論、派生という変換を経たまったく別人同士の物語になるので派生元の構図と合致しそうにない点はどうしても出てきますが、あえて両構図をかぶらせることで、よりくっきりと人間関係のアウトラインを強調させる試みがされています。


派生元には「なかったもの」を「再現」するために「行間をふくらませる」、そんな「ありえない」プロセスで美咲編は作られています。そのため、話の展開にどうしても無理が出てきてしまいます。構図と進行方向を合わせることに、より多くの心血が注がれるので、枝葉の部分の調整は二の次になります。舞台と役者が代わっているのだから、実際に末端まで揃えきるのはそもそも初めから無理があります。全体としてのテーマをざっくりかぶせ、その上で何とか単独でも物語が成り立つよう力技で流れをまとめているだけでも「書く仕事」としては評価できるのではないでしょうか。「仕上がった本の出来」自体についてはやはり接続がしっくりこないつぎはぎ感が否めないので、そこまで高い評価はできませんが、結果いかんはともかく、そういう「仕掛け」への果敢な挑戦にはポジティブ寄りの見方をしたいと思います。


派生元でメインストーリーとなっている部分についての再現模写は、彰ED後に起こりうるだろうごたごた劇として未記載のまま放り投げられています。要するに「あらすじは決まっている」から、WAの中で改めて文章にする必要がないのです。既に作品として成立している派生元の方を読めば済む話ですから。それを元にWAバージョンに置き換えて微調整すればいいだけです。逆に、派生元で行間になっている部分は「現物がない」ので詳細は未確定。ゆえにあらかじめ定められている枠を飛び越えない範囲でなら自由に描ける訳です。そこが改変脚本としての力の入れ所です。元あるものは下手にいじらず、元になかったものを副次的に提議します。元ネタに対するあふれる愛情、規格となる基本構造への準拠、オリジナリティを侵害しない敬意、単純なコピー作品で済まさないための工夫、オマージュ(公式)に臨む姿勢はかくあるべきだと思います。コンテンツを取りこむ上で、見本作品への愛は最低限必要だよね。


WAの読解にあたって派生元読了を最低ラインに置いているようで、初手から新規層・ライト層の参入および理解を潰している風にも思えますが、派生元を知っていたらWAを数倍味わえる(かも)というちょっとしたおまけのプラスワン要素なだけで、別に予備知識はなくても単独で物語は成り立ちます。美咲編の肝は「どうしてこうなったのか、ゆれる心情に説明をつけることはできない」という不確実さに惑う観点で、冬弥のメンタルが不安定で壊れかけている感じが出ていれば、描写の必須項目は最低限クリアしており、掴みとしてはそれだけで十分なのです。誰の目にも「冬弥こいつおかしい」ってなればそれだけで。「判らないままに終わる」のが美咲編の結論のあり方です。構造的に不完全であることが前提で、肝心の答えは何も判らなくたって、判らないことで逆にしっかりオチているシナリオなのです。


「説明がつかない」とする概念が美咲編の主旨ですが、それは表向きの図です。そこから一転「説明がつかない」とされていたはずの話に諸々「説明がついていく」のが美咲編裏側の読解過程です。これは派生元情報関係なく、WA単独でも着手可能な謎解きです。ただすごく面倒というか不案内すぎるので、あんまりトライする人はいないですけど。WA本文全域にわたっての意味深描写や矛盾点を整理するなりして、まずは何とかしてはるかの真の立ち位置を突き止めることが必須です。彼女を美咲編の基軸に据えることで、そこでようやく真の本筋で話が回り始めます。早い話が、はるかを見失った冬弥が思慮を欠いてくずになって周りに迷惑をかける物語です。そしてそうやって相関図を相応に修正して初めて「あれ?これって『あの話』とかぶってる?」と思い当たって、派生元の影響に気付かされることになります。つまり派生元がテーブルに上がるのは真美咲編を読み解いた「後」です。美咲編解読において派生元は先押さえ必須な基礎条件ではありません。ゆえに初動の所有知識量によって理解が狭められるといったアンフェア状態にはなっていないのです、一応は。美咲編の楽しみ方は三段階あって、何も判らないままただ迷走の様子だけを見せられる苦行の通常美咲編(ステージ1)、色々と話が繋がって視界が晴れる真の美咲編(ステージ2)、あれば足しになるけど別になくても困らない余剰の補足が得られる派生重ねのおまけ編(ステージ3)のそれぞれで、それぞれの趣向が味わえます。


裏ではちゃんと「理由」を伴った背景が設定されているのに、表面上は「答えのない問いにはどうやっても答えを出すことはできない」との論理に行き着き、美咲編のメインテーマに定まります。それ言い出しっぺ誰です?はるかでしょ?あいつは「自分は答えを全部判っていて」ああ言ってるんですよ。冬弥が理屈の通じない情動というはっきりしないもやもやに苦しんでいる状況を、その原因に至るまで隅々までちゃんと理解した上で、あえて彼に「『どうして』と考えても(記憶のない冬弥には)判らないから、考えない方がいい」と仕向けます。冬弥にはどうあがいたって真実を得ることができないだけで、その「どうして」にはちゃんと明確な「答え」があり、作品上の説明をつけることは可能です。冬弥視点では判らないことでも、はるか視点に切り替えたらちゃんと判るようになっています。ただ、はるかがすべてを知っているというその真実を得ること自体が難しく、連動する真実も容易には得られません。


はるかの台詞がいわゆる美咲編の総まとめそのものであり、また彼女によって以降の展開が方向づけられるのは、彼女こそが美咲編においてもぶれることなく真ヒロインの位置にいるからです。シナリオの核となる重要台詞をどうして脇役のはるかが言うのかというと、それは脇役じゃないからです。最重要人物だから最重要台詞を任されているのです。


ついでにいうと「美咲が彰の気持ちに気付いていた」とする情報がごく当たり前の常識のように世間で公式事実化していますが、あれは単に「はるかがそう言っているだけ」ですからね。証拠確かな事実ではなくあくまではるか情報にすぎないと認識する必要があります。そして先の通り、はるかは「自分は判っていること」でも「誰も判らないこと」とすり替えて話を誘導するようなやつです。はるかの認識自体は確かであっても、はるかがその認識を正直に語るとは限らず、はるかの発言を真に受けるのは少し考えた方がいいでしょう。


さて派生元では、夏から3月にかけての期間で、あの人が最終段階に至るまでの経過があったと推定されます。そしてその主な出来事の流れは後輩との関係進行に絞られていたはずです。対するWAの開始時期は11月ですが、3月に向け、ちょうど派生元と部分的に重なるように日にちが過ぎていきます。おそらくは派生元でも、学園祭・クリスマス・バレンタインという加熱イベントを通して二人の関係はそのたび一気に加速したのでしょう。そんな派生元にあったであろう恋愛譚を、美咲編では実記で掘り下げ、浮気要素を交えることで少し趣向をずらした形で再現していくことになります。「元がないのに再現」「現物から元を逆再現しておいてそれを再現」というのも変な話ですが、WAのイベントから想像がつく過程を派生元に落としこみ、それを再びWAに還元して照合していくという読み方です。逆をいえば書き方として、行間の派生元過程を便宜的に仮設しておいて、それをさらにアレンジする形で描かれた内容が美咲編ということです。あるいは、手つかずの行間というワンクッションを挟み一足飛びで直接美咲編を描いて、その現物をもって派生元にも想定を波及させるといった意図で両者を繋いでいると思われます。


作品内テキストとして一つも存在しない派生元過渡期の過程について、憶測で行間を繋ぐことになりますが、このサイト、元から大部分憶測でできているので、過ぎた妄想レベルの補完でもいつものやつねと思って、いつにもまして引いた視点で見て下さい。あんまり本気で受け止めて作品像認知そのものに差し支えたりしませんよう。


勝手な憶測で、あの人にも美咲編と同じ構成で各イベントが発生していただろうと仮定して行間を埋めます。実際に繰り広げられるシチュエーション云々エピソード云々のディテールは論点ではないのでそこはざっくり飛ばします。流れを追うためにおおまかに構図が合致していればいいだけなんで。いわゆるオーソドックスな恋向けイベントに乗じて、後輩との関係は冬弥美咲と同じ進行度で急転していたでしょう。ベタすぎるくらい恋愛スタンダードに沿って順次ヒートアップしていく男女関係ですが、後輩側は俄然そのつもりでしょうけどあの人の心境は必ずしも恋愛至上ではありません。その間にも常に妹問題が胸につかえて彼を悩ませているからです。結局、彼が後輩を恋愛対象として好きだったかどうかはよく判らないんですよ。彼一人称の地の文は存在しませんから。一応ある程度は好きだったのかもしれないし、全然その気はなかったのかもしれない。それは判らない。でも後輩への心情よりも妹問題が上位にあることは確実で、エスカレートしていく色恋はある意味、逃避行動の位置づけでしかありません。イベント自体は完璧な恋愛鉄板コースで進んでいったとしても相応の心情は伴っておらず、いわゆるラブストーリーとしての枠組みからは大きく外れているのです。


冬弥もあの人同様、本腰で美咲との恋に向き合える状態にはありません。WAの真相として、はるか事情という根本的かつ絶対的な本筋が下地にあるからです。しかし冬弥本人がそこに触れて自分を語るような核心到達は不可能で、表向きには美咲編は美咲との「恋愛話」一点にこじつけて話が展開していきます。でもそれは本当は「本当」ではないから描写が荒い。恋愛とはいいながら積み上げ不十分での見切り発車だし、展開も急すぎて意味が判らない。多分これは、はなから「恋愛」というテーマで描こうとしていないからだと思います。具体的な各出来事におけるやりとりや恋心といった、いわゆる「恋愛模様」を主体に物事を描きたい訳じゃないのです。物語が動いていく上で「真実」という要因がある以上、本当は「恋愛」から生じた展開じゃないんだよと、真解釈の余地を残しておく必要があるのです。そのまま納得されたら真相に至らなくても話が普通に完結してしまい、真実の存在意義はそこで途切れてしまいますからね。手持ちの結論に不満を残すためにもあえて納得いかない状態にしてあるのです。


でも当の冬弥は裏事情を認識できないから、迷う理由を「恋愛」だと決めつけます。物語は順次、その的の外れた見解に沿って進んでいきます。そうこじつける以外に自分の心境を説明するすべがないので、冬弥はそうするしかありません。主人公一人称語りという本来なら一番の言質となるはずの因子が、よりによって真実とは違う理由を全面に押し出すことで、脚本的に強烈なミスリードが発生しています。冬弥は確かに抜け出せない穴に落ちてはいるけれど、それは別に美咲との恋に落ちているからではありません。元より美咲相手に恋に落ちているのでもありません。美咲編冬弥の美咲へのアプローチがおよそ好きな相手に取る態度でないのは明らかで、美咲編の内容はとてもラブストーリーと呼べたものではありません。でも冬弥は頑として「恋愛」と言う。読み手は主人公発言に従い、内心はてなが飛び交いつつもそのまま、美咲編をいかにも恋愛的な恋愛物語だと位置づけて読むしかありません。


あの人の包帯に関する意識表明はそれはそれはひどいものです。気晴らしの玩具と言ってはばかりません。あの人は悪役だから存分に無茶苦茶言ってもそれがかえって悪役の理想的な振る舞いとして歓迎されます。それが冬弥に派生して、いざ主人公の立場で発言する状況になった時、あの悪意な本音ぶちまけ状態では困る訳です。プレイヤーと常に視点を共有し、自分周りの情報を画面越しに伝達する立場の冬弥はある程度常人でいなくてはなりません。あんまりあの人みたいに率直に語りすぎると不適切判定されて立場を追われて一発退場なので、冬弥による一人称発言に変換された時点で美咲に関する論調はかなりマイルドに矯正されていると思います。つまり、読み手が読むのは冬弥本来の心境吐露に制限のかかったものになります。話を「恋愛」ということに抑えこんでおけば、裏の汚い図式はさしあたって視覚化されず、不倫は不倫だけどかろうじてノーマル倫理の範囲内に収まります。


冬弥は直々に発信することのない本音を裏に抱えて一人称語りしているけれど、派生元の内面はそこんとこどうなっていたんでしょうね?あの人は主人公でないので普段の様子が全然知れませんが、彼もまた普段は自分を抑えていたのかもしれません。糸目の方の人格が、裏の自分を自覚しているのかそうでないのかは判りませんけど。そもそも人格が分かれているかどうかも定かではありません。彼一人称での胸中なんてどこにも書かれていないから。そこにきて冬弥という派生体を通すことで、主人公語りという具体的な形を介して、けっして記載されることのない派生元の内面ごと垣間見ているような想像を寄せられるのは技のきいた構成だと思います。


冬弥美咲の経緯を踏まえ、派生元の恋?の発端を具体的に勝手に想像します。学園祭準備期間の慌ただしい折、後輩さんは相当仕事に追われていたと仮定します。彼女きっぷがいいから「私に任せて!」みたいなこと言って余分な仕事引き受けといて結局回らなくて、先輩の手を借りたりしていたんじゃないですか。それもこれも好きな先輩との時間をどうにか作るための小賢し…可愛い恋テクなんだろうけど、あてにされる先輩としてはいい迷惑です。そりゃ先輩は笑顔で手を貸すだろうけど、あの人もう内部では荒廃していて、本当はそれどころではありません。でも彼は基本的にいいかっこしいだから、内心では気が向かなくても、ほとんど余力が残ってなくても、完璧な笑顔を作って快く対応してしまうんです。引退した生徒会の仕事を安請け合いしておいて、裏でじりじりストレスためていってるんだからどうしようもないです。そしてその助っ人スタイルのまま後々までずっと持ち越してしまったのだと思います。その間にも美咲編と同じ段取りで行事の合間にキスするわ、行事のはずみで肉体関係に発展するわ、行事に乗っかって品性なくおかわりするわで、発生イベントに流され流され、段階的に泥沼にはまって彼女から離れられない状態になったと思われます。それでも心はずっと妹固定なので、そんな不純な自分に罪悪感を覚えつつ、苦悩の日々を重ねていったのでしょう。


そう、そもそもあの人「『元』生徒会長」です。現行の役員じゃないんです。もうすぐ卒業を控えた身で、既に任期を終えた生徒会に顔出ししています。何しにきてるんだ一体?どうせ女をこましにきてるんだろ?ハーレム環境にかこつけて食い散らかしてるんだろ?みたいに思われがちですが、基本あの人、痴態を「見る」のを楽しむ性癖のようで、本人はあんま絡みの輪に参加してきません。くんずほぐれつのモブ子二人は、彼女たち当人が元からそういう熱愛関係なのでは?ともあれあの人にとって女を物色することは特に意義ある目的ではなく、彼自体には主体的に生徒会に入り浸る理由がありません。そこで現副会長の意向が取り沙汰されてくる訳ですよ。先輩にご指導願う形で何かと個人的に呼びつけていたんだと思います。だからあの人はいまだに生徒会に出入りしなければならず拘束を余儀なくされていたんです。もちろん副会長は先輩と桃色するのが主目的だから密会の形です。そこでたまたまモブ子たちの密会ともかちあって、なんか雪崩れて皆グルになって同じやましさで繋がる共犯ってことになったのでは?んであの人ってほら、釈明が必要な窮地に陥ったら焦った勢いでコミュニケーションの一切を断って何とかなれって実力行使の強行突破で終わらせようとするから…。だからフィールド全体地獄のヘブンですよ。ほんと、良心なのは何も知らない書記ちゃんだけだな。知らないままでいた方が友人像を清く保てると思います。色魔揃いの関係者全員分。あの人一人を悪者にして憎んだ方が話は楽ですけど、気分が行きすぎてしまうと何かと無理強いになるとはいえ彼のスタンスは原則「強要」ではなく「やりたいようにさせる」です。「欲の助長」です。品位に欠けるのは何も彼だけに限ったことではなく、その実質は各自それぞれの中にあるのです。


さてWAでの助力要請ですが、美咲は別に自分からしゃしゃり出た仕事で手に負えなくなっているのではなく、演劇部に都合よく仕事を押しつけられて困っているだけです。それ自体には美咲に何の落ち度もありません。けれどもそこで彼女は、冬弥の断れない性格を見越して彼に判断を委ねます。彼女自体が断れない性格で抱えることになった事態なのに、今また冬弥にもそれを負わせようとします。美咲自身の任によって負わされた仕事ではないと知れば冬弥は絶対に捨て置くことはできない、自分の心理とも照らし合わせた確信の上で冬弥を引きこみます。これは策なんですよ?自分がこう出れば向こうはこう出る、手順を練り上げた意図的な策です。人に頼みごとするのが苦手な美咲さんだからこっちで気遣ってあげたいと思うのは愚の骨頂です。そうするように仕向けられているのです。もちろんその計略は冬弥と親密な時間を過ごす口実を得るためのものです。そして冬弥は美咲の繰り出す条件で状況を考えたらやっぱりどうしても見過ごせないので、善意にかられてお手伝いします。まったく美咲の狙い通りです。本当は内側では精神ぎりぎりなのに、そんな場合じゃないのに、表の冬弥は構わず普通に屈託なく対応してしまいます。美咲は彼がそうすると判っていて計算ずくで伺いを立てるのです。


美咲編に限らずWAの大前提として、冬弥そのものがいつ壊れても全然おかしくない設定下にあります。ですが表の冬弥には自分が限界寸前という肝心なことが知らされていません。そしておそらく美咲の性格が陰湿で腹黒いことも表の彼は知りません。だから彼は何の疑問もなく気さくに美咲の手伝いを引き受けて、彼女のお役に立てる自分を純粋に喜びます。表の彼は本当に何も知らないんです。知らないからのんきに爆弾を背負って地雷原に踏みいって平気でいられるんです。でも冬弥自体は常に状況悪化と隣り合わせの瀬戸際にある訳で、ふとしたはずみで容易に対美咲バランスを崩します。本性には美咲の魂胆は全部筒抜けなので彼はそれを逆手に取ってここぞと利用します。鬱陶しくて特に好きではないけど、ふるって間女になってくれるなら好都合なのです。それでも表側には自分がすさむ理由というのが皆目判りません。己の切迫と美咲への反発・打算・悪意が取らせた行動であっても、表の冬弥にはさしあたってストレスはなく美咲へは好感全振りです。表冬弥には裏冬弥の本心は自覚できないので、裏冬弥主導で引き起こされた所業に相応な説明を果たすことなど不可能です。そして表冬弥は関連情報が絶対的に不足している中で、自分の行動に何とか収まりをつけるべく、自分の身勝手一つに話を集約し全責任をひっかぶって苦悩していくことになります。


派生元。後輩は割と積極的に先輩との距離を詰めてきてたようで、親交はそれなりに深かったと見えます。先輩側としては、本心ではお付き合いに真剣でなく成りゆき丸投げな感じがしますが、かといって後輩に対し非道100%という訳ではなく、彼の善良な部分では普通に好意的な感情もいくらかはあったのかもしれません。公での先輩後輩としては良好で睦まじい関係を築けていたと思うんです。あの人はそんな後輩を憎からず思う反面、それをはるかに上回る妹欠落ストレスで押し潰されておかしくなりそうというんで、格好の後輩の好意を逆手に取って悪意でいいように利用しているのです。せいぜい当面のガス抜きになればいいかなくらいに考えていると思います。


対応するWAの事情。裏設定的に、冬弥には大まかに分けて心が二つあります。それは互いに独立して分かれ、特に美咲編では本音が真っ二つです。好意的側面では好意100%だけど、悪意的側面では悪意100%です。どちらも偽らぬ本音なんです。美咲を先輩として好ましく思い、心から慕っている視点とは全然別の部分で、冬弥は彼女を粗末に扱い、少しの情けもなく自分のはるか欠落ストレス解消のために利用します。派生元同様、先輩後輩としてはとっても理想の形なのに、男女としては何というかもう、これ以下はないんじゃないかってくらい汚濁した関係です。


美咲日頃の素行について。シナリオ終盤、美咲は自分が冬弥を「振り向かせようとしていた」と懺悔します。いかにもこれ、不当を自分だけで受け入れてしまうお人好しの美咲が、冬弥側の非をまるまる肩代わりして負う必要のない罪の意識に苛まれているように見え、本当は言葉通りの事情は存在しないかのように取られがちです。美咲には特に悪い所はないのに無理やりそうだとこじつけて自分で自分が悪かったことにして自分を責めているって。ところがどっこい本当の本当は、お綺麗な身での無用のしょいこみでも何でもなくれっきとした真実なのだと思います。皆さん美咲さんに夢見すぎなんじゃないですか?意図して垂らされた餌に釣られすぎ。男側にひたすら都合よく立ち回ってくれる最高の女性とか、全然そんなことないですよ。彼女、けっして受け身一本のはべらせ要員ではなくすごく頭の回る人で、自分なりの目的で動いています。事実本文でも、本当にすれすれのラインで美咲が冬弥を窺い釣っているらしき様子は描かれています。それは本当に微妙すぎて全然人目につかないさりげなさなので、はっきりさせようにも冬弥には指摘のしようがありません。


そんな、声を上げにくい粘着被害に悩まされる日々が常なら、冬弥だって慢性的なノイローゼにもなります。はたして美咲に面と向かって直接「美咲さん、気分悪いからストーカーやめてくれない?」とはっきり不躾ストレートに言えますか?言えないでしょ?絶対言えないです。彼女に逆恨みされて危害を加えられるということはほぼないと思いますが、むしろ逆に彼女が自身を傷つける行動に及ぶかもしれません。指摘によりショックを受けたその勢いで、羞恥のあまり、このままおめおめとこの世にとどまることなどできない、といった事態も最悪考えられる訳です。冬弥としては全面的にそっちをおそれています。頬を引き裂いてトマトジュースか屋上から投身してトマトジュースか好きな方を選べって?美咲に腹を割ることで危惧しているのはまさにその自害性の流血沙汰なんですね。それはストーカー行為に耐えるよりずっと後味悪いです。そういう訳で、内心もうやめてほしいと切実に思いながら、冬弥は沈黙を守り、美咲の後追いを甘んじて受け続けているのです。


派生元根本の心理を推測。あの人にとって妹ストレスは死活問題です。家庭内不和というか、妹の拒絶?という思わしくない状況が下地として重くあって、その問題から目をそらそうとするかのように非行に走っています。後輩が精神に支障をきたしたことに関する言い分にしても「妹に口をきいてもらえない(真偽不明)僕の辛さに比べれば、煩わしい思考抜きで僕といられるのは彼女としても本望だろうし、別に大したことはないだろう?それより僕は本当に辛いんだ、ああ妹に会いたい、何でこんなことになってしまったんだろう?」ってとこだと思います。いや妹に拒否られてるのは自業自得だから。どこまで自分本位なんだか。自分のくず加減を自覚できていないくずの極みです。美咲編冬弥に通ずる思考展開。でもまあ、あの人がくずでなくなったら正直つまんないじゃない?日陰者の主人公でも「こんな僕でも、この人よりはさすがに人間としてましかもしれない」と下に見て哀れんで、結果的に自己肯定に繋げられるかどうかが大事なポイントです。


原典でうまく話を進めると最終的に、それまで淫蕩放題やらかしていた原型兄は悪夢から目覚めたかのように正気を取り戻します。にしても、どう展開しようと妹も彼女も壊れたまま戻らないのに、何であの人だけ都合よく目に光が戻るんです?不可解ですよね。おにいさん?あなた本当は初めから通してずっと正気なんでしょ?吐けこら。彼の言動が一貫して芝居がかっているのはそのまま、あれがくっさい過剰演技だからだと思います。いかにもな台詞を発して狂ったふりをしているのです。どうにもならない現実を直視したくなくて、意識を散らすために自棄になっています。ただし心を病んでいるっていうか、頭おかしいのが嘘だとは思いません、頭おかしいのはいたって真性だと思います。でも、自分のやっていることに分別がつかないほど精神やられているかというと、そうではないでしょう。色々判った上でやっていることです。原型が詐病だからこそ、派生先の冬弥に罰が当たって本物の認知障害が与えられ、ガチで自分の行動原理に説明がつかない混沌状況に陥っていると思えば、やはり「原型兄、実は正気」説は諸般を結びつけるに足る相応な前提です。「僕は正常だよ」に即「嘘つけ!」ってつっこみをかぶせたくなるくらい常軌を逸した言動が目立つ彼ですが、うん、多分、本人の主張はぐるっと回って実は紛れもない真実を示しているのだと思います。いや、それが公式説明として断言されている訳ではないので確証は何もないですけど。