パネル会話か通常会話か忘れましたが、冬弥がはるかに日本脳炎、本格的な脳の機能障害云々というブラックジョークを言うことがあったと思うのですが、まさにそれがWAの肝なのではないでしょうか。冬弥はよく自分のことを棚にあげますが、実は自分が日本脳炎にかかっていたのでは。はるかが、ではなく、冬弥が記憶障害。実際日本脳炎に罹患して都合よく部分的に記憶障害が残るとか、何事もなく普通に過ごせるくらいに回復するかは判りませんが、そこはそれ、あくまで物語ですので。予防接種の有無も、お話の都合として目をつぶります。マナ編で、倒れた冬弥を心配するマナに、冬弥当人が大げさだと言わんばかりなのは、重病・日本脳炎にかかっても死ななかったという変な自負があるからです。「このままじゃ死んじゃう」と冗談めかすのは結局「この程度じゃ死なないよ」ってことでしょう。冬弥はどうでもいい小さいことには「死にそう」とか「死にたい」とか大げさに騒ぐくせに(心の中で)、実際に自分が過去に生死の境をさまよったという重大なことは軽くほのめかすだけで、物事の軽重感覚がおかしいです。
作中で冬弥は、はるかが髪をのばし、テニスをしていた期間、彼女とは一時期疎遠だったかのような物言いをしますが、実際は違います。はるかは何も変わらずずっと冬弥の側にいたんです。はるかのだらしなさがここ数年で身についた性質にしては、彼女の態度や冬弥の対応に年季が入りすぎています。彰の話から察するに、はるかは昔から変わらずあの性格で、冬弥とはるかも昔から変わらずあの関係だったようです。冬弥は、テニスをする近寄りがたいはるかの姿だけを残して、普段近くにいたはるかの記憶を全部失っています。つまり、はるかが変わってしまったのではなく、冬弥の方が変わってしまっているのです。有望なテニス選手として成長するかたわら、冬弥の側で過ごすはるかは相も変わらずあのはるかで、日がな退屈な日常を過ごしていた。それが脳炎により、普段のはるかの記憶が失われ、キラキラと輝く遠目に見たはるかの記憶だけが残った。時間にしておよそ3年半(4年半の可能性もありますが、以下3年半説をとります)。3年半相当の無駄話なんか失くした所で生活に支障なかろうと思うのですが、冬弥にとっては死活問題のようで、失くした期間を由綺との期間が上回る前に取り戻そうとあがきます。かつてのはるかに関する記憶は「過ぎてゆく季節に置いてきた宝物」、冬弥自身が「大切なピースの欠けたパズル」です。そして現時点、由綺で「アルバムの空白」が全部、埋まりつつある状態です。WAの謎については、最初から、主題歌の中に解答が過不足なく表現されていたのです。表題「WHITE
ALBUM」とは、まだ見ぬ未来が予定されたまっさらなアルバムのことではなく、冬弥の過去に存在し、白くかき消されたアルバムの欠損部分のことです。
WAは冬の物語でありながら、推定3年前の夏の出来事が非常に重要な鍵となっています。河島兄の葬儀を終点に、それ以前3年半の普段のはるかの記憶を冬弥は全部失っています。今では白黒の世界で触れた指先の冷たさしか覚えていない状態。マナ編から推測するに、兄の死に打ちひしがれるはるかを献身的に世話した結果、無理がたたってゲージが尽きた冬弥はぶっ倒れたのでしょう。それが日本脳炎なのかただの熱だったかは判りませんが、とにかくその時に記憶を失いました。その後、冬弥は由綺と親しくなった。つまり、はるかが兄を亡くして支えが必要な時に、こともあろうに冬弥は記憶を失くし、失くした記憶の中のはるかによく似た由綺と付き合い始めた訳です。とんでもない話です。混同は主観と無意識に左右されるので、華奢で髪の長いぽや~っとした女の子なら誰でもはるかになりうる。別件では、知的な冗談を放つ冴えた兄さんっ子でもはるかになりうる訳です。正直「似てねーよ」と言いたくなりますが、どこがどうはるかに似ていると感じるかは完全に冬弥の無自覚の感覚次第で、思わぬ部分にはるか要素を感じ取って惹かれるのが常なので、一見冬弥の好みには一貫性が見られません。けれど冬弥の理想がはるかそのものだと頭の中に入れさえすれば、大抵の選り好みに説明がつきます。指定範囲を幅広く取ってその中から好みのタイプ云々というより、本来の指定範囲ははるか限定、冬弥が好むのは厳密にはるかだけなんです。冬弥の、一途な上に小心で現状を変えたがらない性格からして「心変わりする」ということはそもそもはなから考えられない事態なのですが、悲しいかな「勘違いして、そのまま取り違える」という事態は、彼のうかつで粗忽な性質上やりかねず、ありうることです。冒頭の由綺とのなれそめが選択式なのは、そこは重要じゃないからです。失くした面影によく似た少女が現れた、それだけなんです。由綺の普段着はアイドル/ヒロインにあるまじき野暮ったい服装ですが、このセンスによっても、冬弥のはるかとの混同が後押しされています。由綺がはりきっておしゃれをするより、どうもダサシャツ・ジーパン姿の方が冬弥ウケが良いみたいで、由綺自身はもっとましな格好がしたいのに冬弥のために無理して微妙な服を着ているとしたら何とも不憫な話ですが、まあ、由綺は自分を偽るタイプではないので、彼女の服装は彼女自身の好みで間違いないでしょう。
冬弥は、はるかが兄の死に際し泣かなかったと語りますが、記憶の欠けた冬弥の証言は当てになりません。作中「支えを失った女性が弱々しく泣き崩れる」というシチュエーションにめっぽう弱いことから、実際にははるかは冬弥の前で取り乱していたのでしょう。雨が降るのも構わず佇んでいたかもしれません。冬弥にわずかに残る記憶の中のはるかが涙をこらえる様子もなかったというのは、冬弥の消えた記憶の中で、彼の前で散々泣きつくし、葬儀時点では出る涙がもうなかったからです。それだけ憔悴していたということです。冬弥は継続して付き合って、はるかを支えた。ところが不幸が重なり、過度の無理をした冬弥は抵抗力を失い、重い熱病にかかるに至った。それとも運命で決まっており、兄が亡くなった時点で既に冬弥が病にかかっていたかは判りませんが。はるかの、おそらく最初で最後の寄りかかりが冬弥に過度の負荷をかけ、死の淵をさまよわせた。その後冬弥は回復したものの、後遺症として記憶を失ってしまったという訳です。部分的な走馬灯なのか、病床にてはるかのことを案じ、思いつめ、考えすぎたため、結果的にその箇所が損傷し記憶から失われたと考えます。愛ゆえの記憶喪失です。また兄の死によって自失するはるかに対し、意図したことではないにしろ功績として、冬弥は身を呈して彼女の気付け薬となり、正気を取り戻させたことになります。追い打ちで負荷をかけやがって本当に無駄な心痛ですが、いわば「毒を以て毒を制す」です。そして避雷針のように災いを一身に請け負った冬弥には大きな欠損が生じました。事故から数日たって冬弥が久しぶりにはるかに会った時、以前にも増して彼女が読めない性格になってしまったのは、はるか自身の疲弊と自戒の他、冬弥のはるか対応の読み取り能力が落ちたためと考えられます。二十歳前後の青年にしては幾分幼いキャラ造形をしている冬弥ですが、元々の性格に加え、諸々の事情があり、その上でこうした一定期間の欠落も大きな要因と言えそうです。なお、記憶損傷部位について深く考えると危険な状態になるからか、常に冬弥の思考の外にあります。そのため冬弥は自分が記憶喪失であることを知りません。冬弥は本物の記憶喪失なので「俺は記憶喪失だ」なんてぬけぬけと自分で言いません。その事実を知らないから、何を忘れたのか知らないから「記憶喪失」なのですからね。冬弥本人に記憶喪失のことを指摘しても、多分「そんなお話みたいなこと、そうそうある訳ない」と完全に他人事で自覚していないと思います。また冬弥はシステム上、気を抜くとすぐに倒れる虚弱な体質のような印象がありますが、ひょっとしたら過去の病気の後遺症で、肉体的にも無理のきかない状態なのかもしれません。無駄システムと思われがちな体力ゲージですが、あれはあれで、冬弥の消耗しやすさを視覚的に実感するために大きな役割を果たしています。プレイヤーの方で強制的に休ませないと、完全に倒れるまで無理をし、疲労を自覚できないという冬弥の特性がよく表れていると思います。