森川由綺1


はるかとの混同に影響を受けない由綺当人のキャラですが、WAを通して、由綺との交流はあまり深くないため、彼女がどういう人物なのか正直よく判りません。冬弥にとって由綺は、はるかの面影によって可愛さが盛りこまれている状態なので、実質的な由綺の魅力のほどはどれだけなのか判りません。冬弥が由綺に健気さを感じるのは、はるかへの感情の持ち越しかもしれませんし。いや由綺も健気は健気なんですけど、はるか本体の愛情の深さを知ってしまうと、これと比較される由綺はかなり分が悪いと思わざるを得ません。森川は、冬弥の中を由綺という小川が流れている状態、河島は、冬弥がはるかという大河に包まれている状態。河川の違いによる由綺とはるかの規模の違いは明白です。他、由綺の天然は彼女特有の性格ですが、天然といえば冬弥の方が格段に重症で頭を抱えるレベルなので、これも由綺としてはいまいちパンチが弱い。まあ、はるかと違って正式な恋人として大っぴらにはしゃげたのは由綺ならではのことでしょう。


冬弥はシナリオ、パネル問わず、彼の中にあるらしき前提を元に由綺について色々と主観的に語りますが、それってはるかなんじゃないの?って疑問が生じる話が少なくありません。晴れ舞台ではスカートはくけど普段はジーパンだとか、美人な方だけど付き合いの悪さでオファーを遠ざけてたとか、それもうはるかでしょとしか言えません。冬弥は、由綺が何もかも捨てて自分と一緒にいることを選ぶんじゃないかとひどく心配していますが、冬弥の側にいるために何もかも投げ出すことをいとわないのははるかなのであって、由綺は別に冬弥なんかのために自分の夢や信念を捨てたりしないと思います。いらぬ心配です。でも冬弥は、由綺が夢を捨てかねないと本気で悩んでいます。事実、はるかはそういう選択をしてきているので、冬弥の中には確かな実感がある訳です。ただ記憶がないから、その感覚が由綺に持ち越されているだけで。


屋上イベントでのじゃれあいも、由綺というよりむしろはるかっぽい仕草が全面に出ています。懐かしく思い起こすふれあいが、本当に冬弥と由綺の想い出にあった話なのか、それとも失った想い出の中の話なのか、判別がつきません。「~した何か」を羅列した独白を見ても、冬弥の混乱具合が判ります。具体的な事柄ではなく「何か」という非常に抽象的な言い方でしか表現できないことから、やはりはるかとの想い出を指しているのではないでしょうか。第一、人けのない屋上なんか、ごく当たり前にはるかが生息していそうなスポットでしょ?おそらくは、かつて兄が親元を離れるなりして「兄さんが家にいなくて寂しい」というような他愛ない話を高校の屋上で冬弥としたのだと思います。そして、お互いずっと側にいたい気持ちを確かめ合ったのでしょう。で、そこは立ち入り禁止の区域だったので、後で叱られたというしょうもないオチ付きです。由綺本人に対しても何らかの感傷は抱いているかもしれませんが、その多くは失われたはるかとの想い出への郷愁です。由綺本人との愛を深めるはずの由綺編においてまで、はるかの影響が根深く、どうしたものかと思います。表層、真相ともに、由綺の立場からしたら、改めてWAってひどい話だなと思わずにいられません。真相でより悪化しています。付き合い始めた当初から冬弥は頭がおかしかった訳で、高校時代からの交際そのものがまやかしということになり、由綺にとってはもう、冬弥と出会って運が悪かったとしか言いようがありません。


冬弥にはるかの身代わりとして愛されて、当の由綺は気付かないのかですが、由綺は自分大好きで超ポジティブだから、気付かないと思います。由綺も実際のところ、冬弥をよく見ていませんからね。パネルやイベントでもそういった類の話があります。冬弥の絵を描くのに指を多く描いたり、呼びかける冬弥の姿をなかなか見つけられなかったりします。由綺は冬弥本人をというより、単に冬弥が優しくしてくれるから好きなのでしょう。実際冬弥は由綺には無条件に優しいですからね。相手のことを知らなくても恋はできるのです。さすがに長らく付き合っているうちに話が噛み合わなかったり、由綺とはるかの違いで生じるちょっとした違和感が残ったりすることもままあったでしょうけど、冬弥も由綺も天然なので、スルーしてきた可能性大です。作中、冬弥は由綺とはるかが似ているとは一切言いませんが、それを自分で認識できているならまず物語になっていません。由綺とはるかではその態度が大きく異なるので二人を混同する訳がないように思いますが、第三者たるプレイヤーによる認識はともかく、冬弥からしてみれば、健気な発言を実際にしてみせる由綺も、何も言わなくても実際に健気なはるかも、トータルでは特に差異は感じられないことになります。言葉の上で判りやすい由綺も、内面を知りつくしているはるかも、冬弥には同じく健気で愛すべき人物に映るのです。さて、はるかの代用にされ、その人間性を無視されて、由綺本人の尊厳はどうなっているのかという話ですが、由綺は生粋のアイドルだということに尽きると思います。それは容姿が可愛いとか、歌を歌えるとか、そういうことではなく、偶像としてのアイドルの素質。その姿を通して夢を見せてくれるという天賦の才能があります。それが、由綺が綺麗に見える理由です。そういう訳で、冬弥に本当の意味で愛されなくても、由綺自身の魅力は何ら陰ることはないのです。


冬弥は、はるかとは何でもないと言い張りますが、二人の近すぎる距離感は、客観的にどう見てもアウトだと思います。由綺はそれを見て何とも思わないのか不思議です。由綺のことだから冬弥の主張を鵜吞みにして、本当にはるかは何でもないと思っているのかもしれません。危機感を煽るような見た目をしていませんしね。普段冬弥が大したことない扱いをしているだけで、実際にははるかはそれなりに美少女なのかもしれませんが(冬弥もごくまれにはるかを「美しい」と確かに断言するので、それは確定します)、なにぶん無気力で無造作で無頓着ですからね。はるかはとびきりの美人さんでも、彼女を見慣れた冬弥は目が肥えてしまって、かえってまったく注目しません。それでも冬弥好みに最低限、清潔で小綺麗にお手入れしてるとこなんかは、由綺としては警戒しておいた方が良かったんじゃないでしょうか。冬弥ははるかの肌のすべすべや髪のつやつやを体感しては大層ご満悦で、その接触、ほんとアウトです。膝枕にした脚が気持ちいいだとかももちろんアウトです。手当てイベントなんか、もう完っ全にアウトです。何、疑似エッチしてるんですか。「子供のような関係」を免罪符にやりたい放題です。てっきり本番でそういうことする伏線なのかなと思ったら、全然しなくて肩透かしですが、逆に冬弥の方が丁重に舐めてくるので、それでおあいこ、両者とんとんなのかもしれません。必ず授受が釣り合うように収まっているようです。


先ほど少し触れたはるかの身だしなみについてですが、彼女は目に見えて判るような化粧をしていないだけで、最低限度の自然な化粧はちゃんとしている可能性があります。化粧していないなら話をまぜっ返す必要はなく、そのまま「してない」と言うはずですからね。ところが、そういうことに疎く、極端な化粧しか化粧と識別できない冬弥ははるかが薄化粧していることに気付かず、無神経にも、はるかは今その対面時点で何も手を加えていないという前提で「はるかも時々はおしゃれするの?」と訊いてくるので、多少の心外の気持ちと冬弥に気取られていない満足感から、はるかは今後も「(過度に)お化粧しないね」と宣言します。はるかは「だらしなさ」一辺倒ではなく、同時に「隙のなさ」「そつのなさ」を兼ね備えたキャラです。だらけはしてもがさつではありません。たとえば「よだれ出てる」との冬弥の冗談にも、とっさに手で拭うという無造作をすることなく、慌てずスマートにハンカチを取り出して当てることからも、素地からの育ちの良さが窺えます。結構きちんと感は大事にするタイプです。はるかが本当にまったく化粧をしていない可能性も一応ありますが、見えない所で手を抜かず徹底している可能性もまたあります。冬弥の最も身近にいるはるかですが、知られざる一面も結構あるみたいです。


お見舞いイベントでも、どうしても大量の卵が記憶に残って見落とされがちですが、あれは多分、冬弥を構ってわざとやっていることで、実際にはもう片方、冬弥の具合に応じて的確に、体をいたわる野菜スープを手早く作ってしまえる所にこそポイントがあります。はるかはああ見えて、いわゆる古風な理想の女性像の要素をさりげなくふんだんに盛りこまれた、心憎い人物のようです。可愛くて、清らかで、優しくて、賢くて、家庭的で、まさに夢のようなヒロイン属性ですけど、肝心の態度が常に気だるくどうでもよさげなので、ちっとも実感が湧きません。正直冬弥には勿体ないくらいの相手ですが、当たり前になりすぎて全然ありがたみがありません。笑顔で楽しそうに「点滴打った?」と訊いてきますが、はるかは表情と心情が合っていない時があるので、あれで結構かなり心配しているのかもしれません。冬弥は病歴上、曰くつきの身ですしね。


作中、冬弥ははるかをめちゃくちゃにこけにするので、読み手もそれをそのまま受け取って、ついつい彼女を、冬弥にとっても物語においても至極軽い、取るに足らない存在としてとらえがちですが、実はこのはるかディス、冬弥にとって最大級の愛情表現で、独り占めの意思表示、彼専有の立場の主張です。冬弥には「はるかを悪く言っていいのは俺だけだ」みたいな所があって、先手必勝で自分が大々的に言うことで、それ以上には続けさせず、他の人間には絶対にはるかについて悪く言わせません。百歩譲って彰だけは許すとしても、付き合いの浅い人間にはるかをどうこう言われるのは快く思いません。彰に対してもそうですが、冬弥は心から好きな相手にほどすこぶる辛口で「そこまで言うか」ってくらいひどい独白をしますが、それは、今さら素直に褒めても判りきった当たり前の話にしかならないし、改まって言うのもきまり悪いからあえてそうしているだけで、悪く言うからと言って本当に下に見ている訳ではありません。好き勝手言い放ちつつ「それだけじゃないって俺は知ってるけどね」という心の裏側での撤回ありきで、心置きなくけなしまくっているのです。相手に関する熟知あってこそです。冬弥の中では毀誉褒貶の収支はちゃんと釣り合っているので、彼が思う分には別にいいんです。ただ冬弥の「中の中でだけ」完結していることなので、その周知は不十分ですが。さて、ここで問題となってくるのは由綺です。冬弥の表向きのはるか評を真に受けて「冬弥君もああ言ってるんだし、私も同じようにしてもいいよね」と思っているかどうかは判りませんが、由綺は現にちょいちょいはるかをなめきった発言をします。マザコン夫に面と向かって姑の蔑視を高らかに布告するようなもので、一番やっちゃいけないやつ、もろ完全アウトのパターンです。冬弥が見たまま恋人至上主義のお素敵な彼ならいいですけど、実際は幼なじみを母とも仰ぐ深刻なはるかコンですからね。また彼は顔には出さずに、着々と不信を蓄積させる傾向もあるので、ある時、全部が一気にひっくり返って、由綺にとってはいきなり冷水をひっかぶるようなむごい仕打ちを受けるなんてこともあるかもしれません。何にせよ、口のきき方には日頃から気を付け、誰に対しても最低限度の敬意は払いましょうってことです。


さて、はるか事情を何も知らないで冬弥に恋している由綺が可哀想になってきますが、元々WAは、冬弥が何も悪くない由綺にごめんなさいする物語なので、そこはまったくブレていないと思います。浮気性で浮気するのではなく、ただひたすらはるかに一途だったがために由綺を裏切る行動に出てしまうという実情があるだけです。はるかへの本気の恋愛感情がそのままダミーの由綺に移行しているので、感情自体は本物だけれど、対象をそもそも間違えているため、その絆は根本的に脆いものです。冬弥は確かに由綺を想っているはずなのに、ふとしたきっかけでたやすく繋がりが断たれてしまうのはそのためです。冬弥の由綺への恋は、非常に不安定な状態で成り立っているのです。基本奥手で恥ずかしがり屋の冬弥ですが、作中、何が何だか判らないまま、ちゃんとした説明もないまま浮気をしてべそをかくので、その評価は最低です。本人、肝心な記憶を失くしていることを知らないので、理由を言えるはずがないのです。冬弥の行動原理が判らず戸惑っているのは、プレイヤー以上に、何より冬弥自身だと思います。由綺以前に、「かつてのはるか」という、さらなる大前提が明らかになることで、冬弥が浮気に至る理由の説明がつきますが、それにより読み手から共感を得られるのか、一層の侮蔑対象となるのか、評価が分かれる所です。そもそも冬弥が取り違えなければ由綺を巻きこむことなく、相変わらずはるかとだべる愛しい毎日を過ごしていたはずです。冬弥は作中でも、「何でよりによってそこ間違える?」という勘違いをする傾向がある重度の天然です。はるかの方も、ほんの少しでも自己主張していればこんなことにはならなかったと思うと歯痒くなります。お互いが自分を大事にせず、無頓着だったがゆえに状況がこじれたことから悲劇が発生しており、二人の性質上、なるべくしてなった事態なのかもしれません。冬弥とはるかの、二人だけのささやかで可愛らしい恋だったはずが、由綺だけでなく本編でも色んな人を巻きこんで、無関係な人には実に迷惑な話です。


はるかは、冬弥が由綺と付き合うことで、アルバムの空白を由綺で埋めていってもそれはそれで仕方ないと思っています。かつて冬弥を心配させ、その結果、彼を死にそうな目に陥らせた自責の念と、記憶を失っても以前と変わらない状態に彼が回復したありがたさからか、はるかは多くを望みません。冬弥に記憶を取り戻して欲しいとはつゆほども思っていません。ただ自分が覚えていればいいやと。だからはるかとしては、冬弥と由綺がこのまま恋人同士でいることを望んでいます。しかし困ったことに冬弥の方がそれを望んでいません。はるかが思っている以上に冬弥ははるかのことが好きなんです。友達とか恋人とかいうカテゴリーを超越しており、互いに半身同士という関係です。誰もはるかのかわりにはなれない。だから失った記憶を求めてさまよいます。本人に悪気はありませんが、自分で忘れて、自分で取り違えておいて、冬弥って改めてひどいやつです。