由綺2


冬弥が作中で由綺と結ばれると困ったことが起きます。冬弥とはるかは連動しているので、冬弥の中の失われた記憶が完全に由綺に置き換わった時点で、はるかの中に残されていた二人の記憶は雪に潰されてしまいます。そうなるとはるかは自分が自分でなくなります。ただでさえ理性的なはるかですから、矛盾に耐えきれず壊れてしまいます。まあはるかは元々変なやつなので壊れても傍目にはあんまり判らないと思いますが。はるかは冬弥と由綺の幸せを願っているけれど、自分のことに無頓着な彼女は、その時自分がどうなるのかに気付いていません。弥生はまさしくその最悪の事態を回避するために冬弥と由綺の逢瀬を邪魔します。誕生日だからという判りやすい思考回路で余計な進展をするのではないかとも警戒します。弥生は、冬弥から由綺を守っているのではなく、由綺から冬弥を守っているのです。作品上、弥生は神の視点を与えられており、その見解は絶対のものとなっています。単純に芸能マネージャーというだけではなく、WAという作品の「管理人」の役割も担っているのかもしれません。互いに深く想い合っているだけに、冬弥とはるかが元通りになるのが最も座りが良いのだけれど、強がりか諦めかは判りませんが、由綺を巻きこんだ以上、基本的にはるかは冬弥との元さやを望んでいません。それが本意であろうとなかろうと、弥生ははるかの意志決定を一番に尊重するので、冬弥と由綺の交際が持続することを大前提に行動を起こします。


はるかが冬弥を取り戻すつもりでいるならもっと話は簡単で、二人をけしかければいいだけ、そうでなくても由綺との関係が自然消滅するのを待てばいいだけで、弥生が自身のシナリオで回りくどい策をめぐらし身を汚す必要はありません。そのままでは冬弥の由綺への愛情は目減りする一方なので、時間の経過とともに生じたはるか・由綺間のずれを無効化し、出会った当初の印象を復元し、由綺への愛情を温存するためにも、冬弥の雪を取り除かなくてはなりません。混同しすぎて期限内に関係してもいけないし、乖離しすぎて期限後に冷めてしまってもいけないのです。あれだけ合理的な弥生が、後に何も残らない無意味な行動を起こすはずがありません。彼女なりの論理に裏打ちされた意味と目的があって「契約」を提示しているのです。そして期限までに試練の影響を無効化したならば、それ以降ははるかは無関係で、後は持続しようが破局しようが冬弥・由綺間の問題です。要は、はるかを原因とする冬弥と由綺の破局に、はるかが責任を感じ心を痛めることがあってはならないということです。弥生は誰よりも、誰のことよりもはるかを理解しているのです。はるかが由綺の1%でもわがままなら、弥生も苦労していません。それだけに、なるたけ意志に最大限に沿いたいのでしょう。ちなみに冬弥は常々「由綺はめったにわがまま言わないから、いざ言った時はできるだけ望みを叶えてあげたい(意訳)」と言いますが、由綺は基本、冬弥にわがまま「しか」言いません。多分誰に対してもそうです。由綺は、自分の喜びがそのまま冬弥を含め皆の喜びだと信じて疑いません。冬弥の寝言は黙殺して読み流しましょう。


クライマックスで「誰からだって冬弥君を取り上げる」と宣言する由綺ですが、その覚悟と想いの強さに冬弥は喜びます。その点オリジナルであるはるかは大切なものでも譲ってしまいますからね。でもそれは愛情の程度が軽いからという訳ではなく、価値観の違いです。本当に無欲な人は自分で「わがままは不得意」前提で主張しません。けれど冬弥にとって、何でも譲ってしまう「彼女」が初めてわがままになって自分を欲してくれた、というのは何よりも嬉しい訳です。はるかを壊してでも冬弥を取り上げる覚悟はあるか。由綺の宣言の裏ではそうしたメタ的な問いかけがなされており、由綺は迷いなく取り上げることを選びます。この時点で、はるかが持つスペアの記憶、そしてはるかの自我の抹消が決定されます。空白となっていた時系列が繋がった上で人物が上書きされることで、冬弥もはるかそのものを完全に忘れてしまうのかもしれません。冬弥の心にはるかが存在する限り、冬弥は由綺のものには絶対になり得ませんからね。一見、唯一のハッピーEDに見える由綺EDですが、実情は最もえぐい結末なのです。


由綺とのHシーンで、挿入後に冬弥はいったん引き抜いて白いシーツを血で染めますが、その時点で、空白となっていた純白の記憶損傷部位もまた由綺の血に染まります。かつてのはるかの姿に赤の傾斜がかかって浮かび上がります。緑の黒髪は茶がかった黒髪へ、色白の頬は赤みが差し、それは由綺へと変貌します。白いテニスウェアは真っ赤に染まり、普段着も赤系統に変わります。はるかとの想い出は由綺に奪われ、冬弥は完全に由綺のものになります。エピローグにて、冬弥と由綺の頭上に降り、すぐに解けてしまった儚い雪ははるかの心の最後の一片だったのではないでしょうか。かくして冬弥は、はるかとわずかばかりの利己心を失い、ただひたすら由綺のためだけに存在する「冬弥君」となります。他シナリオで(下手すると由綺編でも)由綺にひどい仕打ちをしているのだから、これだけの報いを受けてもまだ足りないと思います。


由綺と結ばれて心の壁が消失したのではなく、肝心な壁の内側が失われ、壁が本体になったので結果的に壁を感じなくなったということです。冬弥の心の壁(仮面)は、彼を構成する根深い要素なので、そう簡単にはなくなりません。逆に本性は、根本的な感情を左右するとはいえ、元から希薄で表面化することはめったにないので、失われたとしても傍目には判らないし、本人も自覚できません。また心の壁は、元から一人格として確立しているので、心の中身を失っても冬弥はそのまま普通に可動/稼働します。抜け殻となった冬弥を手に入れることに価値があるのか、由綺はそのことに気付かないのか、それで本当にいいのかですが、由綺にとって冬弥は元々そういう無償の存在なので、今までと変わりません。何の問題もないと思います。由綺は冬弥自身からも冬弥を取り上げてしまい、本懐を遂げるのです。


実質的には、冬弥が記憶を取り戻すはるかEDがトゥルーEDなんでしょうけど、記憶喪失に端を発した不幸の帰結としての由綺EDもある意味、準トゥルーEDと言えるかもしれません。冬弥の複雑な事情ゆえにWAにハッピーEDは存在しません。でもまさか、いかにも人数合わせで適当に攻略キャラに入ってそうなはるかのEDがトゥルーEDで、れっきとしたメインヒロインである由綺のEDがバッドEDなんて、普通思いませんよね。他の浮気ルートと比べて順当というか、一見あまりぱっとしない印象の由綺EDですが、他のシナリオと遜色ない重みが隠されていたということです。


ちなみに、通常EDを含め由綺編以外のシナリオでは、決め手のピースが由綺以外になるので、全部が雪に染まってしまうことはなく、はるかは無事です。はるかはその名の通り、遠い春を象徴するキャラです。冬弥と連動することでかつての記憶が薄れつつあるはるかですが、2月末のリミットを越えて春を迎えた時点で、雪の試練を耐えぬき、雪を解かし、記憶を死守します。はるかはその心身の機転の良さであらゆる災いを回避します。魔をかわす、という意味で河島姓を与えられているのでしょう。兄さん?彼は一人なら事故をかわせたけど、人を助けるのにその回避率を転用しちゃったから死ぬことになったんだと思いますよ。


ひょっとしたら、由綺EDでもはるかは無事かもしれません。弥生がいますからね。弥生に同性愛の経験があるというのは、はるかがいよいよだめになるって時の最後の手段、すんでの所で連動を切り、彼女の心が助かる保険として設定されているのかもしれません。もしかしたら、それが誰も傷つくことのない最善策なのかも。お姉さまと子猫ちゃんに需要があるかは不明ですが。とはいえ、冬弥側の記憶は由綺で塗りかえられるので、はるかを完全に忘れてしまった冬弥に直面するなら、いっそはるかの方も壊れてしまった方が幸せと言えるかもしれません。すべてははるかの意思一つです。


音楽祭当日の朝、弥生が由綺を迎えにきます。その場に冬弥がいるのを見て、弥生がどんな反応をしたのか非常に気になる所です。あってはならない進展に愕然とし、はるかを守りきれなかった事態を悔やんだのか、それとも先んじてはるかをどうにかして無事を確保したので、いたって平穏にことを受け流したのか。ラストぎりぎりではるかを抱く抱かないは「弥生所有の」分岐点なので、冬弥側からはその選択の行く末は判りません。そこは読者と視点を共有していない弥生の行動選択によって「変動する」ため、朝帰りの冬弥を目にした彼女の様子がテキストとして直接固定で描かれることはありません。こちらの想像でチャートを組み立て、分岐によって著しく異なる弥生の反応を思い浮かべて行間を味わいましょう。