理奈4


英二のスタンス。由綺編終盤、ひょっとしたら全編の舞台裏で、英二が由綺にキスをするという事件が起きますが、このいざこざは、冬弥を取りまく真相の物語から大きく外れた所に存在するので、正直その意味する所は判りません。言葉通り英二は真剣に由綺を愛しているのかもしれませんし、何か別の思惑があって行動に出たのかもしれません。しかし英二は、WA屈指の読めないキャラなのでその真意は量れません。何か思惑があるとするなら、英二の弥生への理解と包容力から考えて、由綺偶像化計画の後押しとしての行動でしょうか。現時点、はるかのまがい物に過ぎない由綺を、本物の一作品として完成させるには「大きなショックを受けながら、それでも負けずに第一線に立ち続ける」という、はるかを上回る実績が必要になります。そしてその達成によって弥生の贖罪にも区切りがつき、再スタートを切れます。かといって、はるかと同条件にするために誰かを死なす訳にもいかないので、由綺にキスをすることで彼女にショックを与え、頼みとしている冬弥との繋がりを一時的に断とうとしたのではないでしょうか。兄の死と対比するにはややくだらない試練ですが、あまり重すぎる負荷だと由綺では対応しきれない可能性があります。英二は別に由綺の心を折ろうとしているのではなく、あくまで彼女が「乗り越える」ことを前提にしているので、用意したトラブルは軽い痴話騒動程度です。英二の職権乱用の問題も発生しますが、大ごとになって暴露沙汰になることは避けたいでしょうし、そんな危ない橋は渡らないと思います。強引にせまることはなく、由綺がのぼせて混乱する程度、あくまで夢見心地になる程度で、すべての決定権を由綺に委ねます。そこで由綺が英二の誘いに安易に乗っかるなら、そこまでの人物として英二は由綺に見切りをつけていたでしょうが、英二のめぐらした計画通り、由綺は自分を保つ拠り所として冬弥君を想い、改めて自分の気持ちを貫く決意をするでしょうから、由綺側にはさほど問題はありません。英二にとって想定外だったのは、単なるモブ彼氏であるはずの冬弥が、心身に爆弾を抱えるきわめて特殊な人物だったということだけです。


芸能界を舞台としているWAですが、それは舞台装置に過ぎず、現実的な業界ものではありません。作中での芸能界描写もすごく適当ですしね。アイドルがポケベルを使って、男子学生の家にレンジがないという昔の設定なので(レンジを持っていない冬弥が特殊なだけかもしれません)、まったく背景が想像できず、その時代のリアルが判らないので何とも言えませんが。ともあれ、虚構や思いこみ、錯覚、幻想といったまやかしに対する心構えに重きが置かれており、あくまで文芸的な「物語」として描かれています。由綺も理奈も、世間に知られている姿とはまったく性質を異にする本質を持っていながら、由綺は周囲を惑わす資質、理奈は自分を律する暗示によって、アイドルとして成り立っています。そして英二のバックアップにより、幻影はさらに強固なものとなっています。アイドル像が虚構でなければ、英二がプロデュース業にいそしむ情熱は生まれません。彼女たちに初めから素地として備わっているものを、英二がそのまま世に出すことを良しとする訳がないのです。それ以前に英二は、自分が表に出るより誰かを操っている方が性に合っているのでしょう。アイドル像の援護射撃をする英二の体は一つしかないので、下手に所属アイドルの人数を増やせません。手を抜いた粗雑な演出をすることを英二は好まないでしょうし。本来は理奈一人のためのシステムであり、もって二人が限界でしょう。理奈や由綺の活動範囲が普通の芸能人と比べ限定的で、あまり幅広く展開していないらしいのはそのためだと思います。


理奈は変装して出かけるらしいので実際どうだかよく判りませんが、由綺が変装なしの素顔で街中をうろついても特に注目を浴びないのは、由綺本人と面識のない大衆が「森川由綺」と認識しているのは、あくまで英二の繰り出す幻影(余韻も含む)の方であって、由綺自身をそのまま認識しているのではないからです。英二のイカサマ含めての「アイドル」です。ていうかイカサマが本体です。いずれゆくゆくは独立するという野心のもと由綺が経済学をかじろうとしているのかは不明ですが、下駄をはかされた今の人気を真に受けない方がいいと思います。一方、理奈が英二の同伴しないステージに不安を感じるのは、そのからくりと制約を知っているからこそです。一応イカサマなしでも通用する実質は備えているようですが、何せ理奈は元々が不安定な存在で、英二がいない状況に慣れていません。理奈は「アイドル」としても「理奈」としても、英二なしには表に立ち続けられないのです。その点、由綺はごく普通に当たり前にプロデュースされているだけだと思っており、英二の秘密の後押し事情なんか知ったこっちゃないので、別に何とも思いません。何かと「由綺=依存」「理奈=自立」といった図式で受け取られがちですが、それらはあくまでイメージで、実際のあり方は逆なんです。


理奈と由綺の「アイドル」としての前提は英二の能力加算が第一と言えますが、それはつまり、他の出場者との比較は別として、音楽祭での理奈と由綺の勝敗は英二の出力次第ということです。英二がより多く力を由綺に注げば実力に関係なく由綺が勝ってしまう可能性もあるということで、理奈は自らも英二の加護を受けておきながら不公平を危惧します。実際には英二は誇りを持ってインチキしているので、どちらか一方に肩入れすることなく正確に出力を五分五分にして、理奈と由綺が実力通りの対決ができるように調整していると推測します。音楽祭が事実上、理奈と由綺の一騎打ちになったというのもそういう裏事情です。タネも仕掛けも、判ると何だか興ざめですね。冬弥が場合によっては音楽祭の結果を「リアルじゃない」とこぼすのは、彼には英二の能力が効いておらず、本当の実力だけの歌唱が見えており、その内容にそぐわない結果なので、出来レース、台本ありきにしか見えないからです。理奈はともかく由綺に関しては、冬弥の贔屓目があるからこそ良く見えるだけで、客観的に見て要求レベルを満たしていないことくらい芸に疎い冬弥にも判りますから。もっとも英二ブーストの有無にかかわらず芸能界というのは元々そういうもので、上が推したいものを推すだけの世界なのかもしれません。ブーストの効果については理奈も心苦しさを感じているようで、パネルでハンググライダーになぞらえ「いつまでも飛び続けることはできない」と将来を悲観することがありますが、英二の加護はおろか英二の神通力自体もまた、以降も効果を持ち続ける保証はなく、仮にそれが失われた時、正真正銘、自身の実力のみでどこまでやれるか不安なのだと思います。現実に、確かな楽曲制作の才能と技巧による演出力、石をも玉のごとく磨き価値を押し上げる指導力を持つ英二にとって、不可思議な力は彼の総合力の中であくまでスパイス程度の比重でしかなく、まやかしが消えてもさほど問題ないとして、理奈には何もなく、英二に踊らされているだけのただの操り人形に過ぎませんから。


基本英二は、その印象が変わりません。由綺への横恋慕が大きなフェイクになっている?だけで、一周回って深い真相を伴った上で、最終的には初っぱなの第一印象に回帰する、というのが英二設定の真骨頂です。英二は初めからシスコン全開だし、弥生とも何だか怪しいですしね。ペテン大好きなインチキ兄さんの本性はそのままで、英二は何も隠していません。開き直っています。そこが結果的に良かったんじゃないでしょうか。冬弥みたいに「俺、はるかなんか何とも思ってない!」とか子供じみた隠しだてをした挙句、本当に放置する運命を課せられて、後々涙目で探さなきゃならない展開になったら最悪です。シナリオを読みこみ、はるかの真相を知って初めて弥生編の謎解きが始まり、その弥生編を前提に理奈周辺の話を読みこんで初めて緒方兄妹との関係性が判り、さらに英二の人物設定および作中での思惑を推定することができます。英二の謎解きは、WAの一連の真相謎解きの最終段階に位置し、彼は設定通り、謎を解く上でも事実上のラスボスということです。ところが表層ではあくまで由綺目線で語られる人物像に引っ張られるので、それこそ冬弥が、柔和で端正で由綺を応援するだけの、都合の良い「冬弥君」でしかないように、英二もまた、親切で素敵で、由綺を第一に考え、想いを寄せてくるだけの存在に過ぎません。表層だけでは、英二は、能力は高いとはいえ魅力の乏しい当て馬でしかありません。個人の人物特性ではなく、あくまで由綺の主観による人物認識が重んじられます。由綺の存在は、冬弥にとっても英二にとっても、魅力発見を妨げる障害にしかならないという状態です。残念ながら、由綺がヒロインの座にいる限り誰も得をしません。


また、作中で由綺を愛しているとされる人物は、揃いも揃って、実は誰も由綺を見ていません。でもいいんです、由綺は由綺自身が自分をこよなく愛し、常に自分ファーストだから、それで帳尻は合います。由綺が「皆が『私のために』懸命になってくれる」と言ったら、実質どうあれ、由綺の認識が正しく、すべては由綺を中心に回っているのです。それが、由綺に与えられた、ヒロインとしてのせめてもの特権です。それだけに、WAの本当のヒロインが自分ではなく、冬弥の本命がただひたすらはるかだと知ってしまった日には、由綺は深く激しく冬弥を憎悪するかもしれません。中盤で英二が警鐘を鳴らす由綺豹変のおそれですが、作中では結局その事態は発生しません。由綺はいたって穏やかなままです。理奈編でだけ理奈に対し多少攻撃的になるものの、どのルートでも由綺が冬弥に対し怒りを示すことはありません。では英二の台詞には意味がなく、ただのこけおどしだったのかというと、それは違うと思います。単に「条件を満たす状況に至っていないだけ」で、英二の予測は間違っておらず、危機は確かに存在するのです。はるかEDでは由綺に事情と経緯が明かされておらず、この秘密こそが、由綺激高の引き金に他なりません。はるかの真相が明らかになれば、由綺は尊厳を失い、その自意識はずたずたにされます。冬弥とはるかの固い絆に感銘を受けて身を縮ませるだとか、そんな収束はしないです、由綺は何より自分だけが一番ですから。冬弥はあくまで「由綺が一番好きなのに、他で浮気した」という理由で許されているだけです。冬弥は、最悪刺されても仕方ないんじゃないでしょうか。だからこそ、はるか編で相愛の二人が想いを確かめた後でも、はるかは「忘れていいよ」と言わざるを得ず、不確かな関係を続行せざるを得ないのです。そうでなくても記憶喪失事情は部外者に言う必要はないでしょう。まあ、由綺は実物の冬弥にはさほど思い入れはないようなので、自然消滅するのも時間の問題かもしれません。ずるいかもしれませんが、それを待つというのが最善手でしょう。


それだと、今まで日陰の身を強いられたはるかには何の挽回も叶わず、冬弥も自分にけりをつけられないままになりますが、単に心の弱い浮気主人公として巷で名をはせるのと、人様への迷惑を考えずに重たすぎる愛を貫くはるかコンという真実が発覚するのとで、冬弥がどちらを選ぶかなんて火を見るより明らかです。ただでさえ冬弥ははるかが好きなことを隠しますし、自分が病んだ本質を持つことも隠しますからね。真実だけに中傷より辛いのです。対する由綺も、憧れている理奈や信奉する美咲など、一目置いている相手に冬弥を奪われるならともかく、完全に侮って眼中にもなかったはるかがしれっと正妻ポジションに収まっていると知ったら、自分が負けている所なんか見当たらないだけに、どうにも納得できないと思います。でも実際はるかって「能ある鷹は爪を隠す」を地で行くというか、出し入れ自由な爪を普段は引っこめている猫なので、ああ見えてすごいやつです。ニャウニャウ。由綺が知らないだけで相当ハイレベルな存在です。もっともはるかが根っからだめ人間でも冬弥の愛は変わりませんが。猫好きの人にはもう可愛くってたまんない性質ですが、一方で、ふてぶてしく油断ならない、まさに泥棒猫の悪い所を凝縮したような存在なので、猫嫌いにとっては本当に忌々しく憎たらしいキャラだと思います。そして冬弥がまた普段はるかを徹底的にくさすものだから、由綺にとってはだまされたも同然で大噓つきもいいとこです。ちょっと自白の様子を想像してみましょうか。「でも冬弥君、いつもはるかのことどうでもいいって…」「いや、それは言葉のあやっていうか、強がりっていうかさ、いつもは言わないだけで、俺ほんとははるかを愛してる、はるかじゃないとだめなんだ、ずっと一緒に(以下略)」 ひどい羞恥プレイです。冬弥絶対言いたがらないでしょう。その上、由綺を傷つけ彼女に憎まれるとなれば、いいことなしです。そんな保身感情を抑え、由綺に恨まれるリスクを負ってでも、愛するはるかの立場向上を図りたいのなら冬弥を止めませんけど、そのことでまた新たにはるかが心を痛めることを思えば、あまり良い手ではないと思います。正々堂々たることが必ずしも正しい選択とは限らないのです。


余談の総括ですが、主人公・冬弥を始め、作中のほとんどの人物が某作品の派生キャラとして存在しているようです。はるかだけみたいに思われていますが、ほぼ全員です。ヒロインの頭上に降りかかる涙の雫が忘却の雪に変更されていますが、心象風景の構造は大体同じです。何かを送受信してそうなはるかと彰を幼なじみに持って、よく普通でいられるなと思われている冬弥ですが、彼もまたそっち系の人間で、一番普通じゃなかったというオチです。あの人も普段は普通にしてますしね。鬱陶しい能書きをべらべらほざいて読み手の思考を妨害し、頭を痛くさせる所とかそっくりです。ただし派生にあたって、性質や立場が分散したり反転したりと変質した上で、独自要素を追加されているので、みな原型とはまったく異なるキャラとして刷新されています。完璧な模範生だった原型に比べ、冬弥は劣等生って訳ではないですけど、特に何の取り柄もない普通で平凡な青年に格落ちしています。その分、弱みやみっともない所を見せても割と平気で、体裁を保つのに過度に張りつめていた原型と比べ精神面は柔軟に強化されているようです。両者、強さと弱さはリバーシブルです。またはるかは、原型は脆くて繊細なのに、不思議系という基本を軸に、丈夫でしなやかな性質に転換しています。名前も硬質な印象から、平仮名で柔らかくなっています。緒方兄妹は、理奈が複合体という特殊な形態で、なおかつ性質の半分が伏せられている上、その原型の正常状態がどちらも謎に包まれているので派生と気付きにくいですが、兄妹間で外見、主に髪質が逆転しています。派生元は、風変わりな美少女という設定で奇抜な容貌をしている妹に対し、兄の方は、表情に問題があるんで実感しにくいですけどいわゆる正統派美形設定だと思います。緒方兄妹ではそれが裏返り、英二はユニーク、理奈は王道の外見になっています。また、名前に象徴される石と加工者の立ち位置も逆転し、その関係性も健全化しています。派生変化することで状況がどう変わるのかという思考実験的な要素があるのかもしれません。あと、私には音楽の素養がないので感覚的な印象でしかありませんが、各キャラのテーマ曲も、どことなく原型キャラのテーマ曲を意識したもののように思えます。ほんとまったく音楽的な根拠は何もなく、部分的に、ただ何となくですが。あの手この手で継承されているようです。そんな中、唯一のオリジナルキャラである由綺だけが、自動的に、WAの正統なヒロインたる資格を持ちます。完全部外者ってことでもありますけど。某作品の知識がなくても謎解きは十分可能ですが、念頭に入れた方が、より設定を把握しやすくなっています。はるかがバッグ差し出して「下着漁る?(意訳)」と挑発するのも、マナが反対に冬弥の部屋中がさごそしてそうなのも、パンツ交換のために引き出し漁ったであろうことも、おそらくは原型を茶化したブラックジョークだと思います。顛末を考えると笑いごとではないですけど。パンツで済むならそれでいいじゃないですか、減るもんじゃなし。


はるかとの関係は、深い絆はそのままに血縁や戸籍上の続柄が取り除かれ、愛し合うのに何の問題も障壁もない、というただその一点のみの救済で成り立っています。派生元では禁忌が一番のネックだった訳で、そこが解消されるなら、能力劣化や悪性継承など、他の悪条件は喜んで受け入れてもいいほどの大きなメリットです。身体上の血の繋がりはないとはいえ、それでも近すぎて心理的/感覚的にはどうなのって気もしますけど。そしてまた、せっかく獲得したはばかりなく愛し合える条件ですけど、由綺が「公式の恋人」として誤配置されていることにより、冬弥ははるかとの恋愛を無駄に罪悪化させてしまっています。もう何やってんだか。結局、自分で自分の首を絞めています。冬弥は原型同様、悩むのが趣味みたいなので、しがらみがあった方がかえって熱く燃えたぎるのかもしれません。


作中でのナリタマサオとかいうのは正直どうでもいいアナグラムで、理奈の名前は、はるか程度には原型名をそのまま意識したネーミングをされています。ただし構成の近いはるかと違い、理奈は一字飛ばしで原型と共通する形なので認識されにくくなっています。なお「子」の字は重複するので打ち消し合って消滅しています。理奈編は、いわば正常な某副会長との華麗で進んだ恋愛が楽しめるという疑似コンセプトなんでしょうけど、肝心の冬弥が一介の主人公ではなく中身があれなので、ブレることなくはるか一筋で、理奈の扱いはひどいものです。テニスウェアちっくなアイドルコスでないと理奈自体は大してはるかと似ていないので混同に支障をきたすからか、無意識に着衣でする所なんかもう呆れて言葉もありません。青・白・黒のはるか配色がミソで、もし理奈がピンクの普段着の方を着ていたら、冬弥はぴくりともしていないと思います。それは意気地がないからではなく、魅力がないからです、冬弥にとって。変態です。コスチュームマニアです。ちょっとマナに罵倒されてくるといいと思います。真実を知ったら理奈もグーでパンチ確実です。ただでさえ理奈は、主人格との扱いの差で英二に不満を持っているのに、乗り換え先の冬弥にまで本命第一と軽んじられるとあっては、プライドが許しません。派生元に「そのシスコン、何とかならないんですか?」と正論をぶつけたい所ですが、逆鱗に触れて壊されるのは目に見えているし、派生先の英二や冬弥をなじった所で、条件が変わってしまっているので「何言ってんの?」と返されるのが関の山です。英二にとっては「妹はお前だろ」だし、冬弥にとっては「シスコンって何のこと?」です。理奈ちゃんも、せっかく圧倒的な魅力があるんだから、変な男に執着してないで他をあたった方がいいんじゃないでしょうか。まあ、それらの愛憎問題はあくまで設定裏の条件で、冬弥には派生関係はもちろんはるか関係の事情は自覚できていないので、普通に理奈を相手にしていると思っているし、理奈も冬弥を言いなりにできているので、それはそれでいいのかもしれません。


理奈を見ていると、相手を自分の意に沿うようにうるさく口出しして、気に食わないと鉄拳制裁も辞さない所とか、原型の元の姿がそこはかとなく想像されます。派生元の本編では、彼女はあの人に徹底従属する立場にありますが、あの人、本来なら何だかんだで彼女の尻に敷かれてラブコメしてたんじゃないの?痛い所を突かれさえしなければ、お節介もまんざらではなさそうです。あの人の急所なんかどうせ一つしかないんだから、そこさえいじらなければ逆上することはなく、そこまで悪辣な人ではありません。その掟さえ守っていれば思いのほか扱いやすいはずです。間違っても「妹さん、最近様子がおかしいですね」と余計な心配するとか「そういうの間違ってると思います!」とか正義感でねじ伏せちゃだめです。自分でも判っていることを他人に追い打ちで指摘されると余計腹が立ちますからね。あの人のあれはもう持病と思って諦めて、長く付き合っていくしかないと思います。彼女が恋と容認を両立できるかというと難しい所ですが、元々頭の回る子みたいなので、うまいこと折り合いをつけて相手を手玉に取ることは可能なんじゃないかと思います。何はなくとも、状態が回復すればの話ですけど。かわりといっては何ですが、代理として理奈が冬弥の根性を完膚なきまでに叩き直して更生させればいいんじゃないでしょうか。冬弥に意識改革を促し、改造後の彼が理奈好みに上質に洗練されればなおよしです。多大な迷惑に対する当然の賠償として、理奈に過剰な願望を押しつけられても冬弥は文句を言えない立場です。大人しく従い、理奈の色に染まるべきです。


理奈本人に関して言えば、おそらくは、表にいる理奈虚像だけでなく内で眠る理奈本体もまた冬弥に興味と共感を示しており、彼と接触しようと目覚め、表に浮上しかかっているのだと思います。良識派のはずの理奈がごくごくまれに不思議ちゃんになって冬弥を面食らわせるのはその一端でしょう。他にも、由綺がプライベートの理奈を指して「大人しい」(「大人っぽい」ではなく)と表現するのは、ひょっとしたら、痛い子繋がりで由綺に親近感を持った本体が内緒で出てきているからかもしれません。虚像としては緊急事態です。由綺に関しては読み手側では確認できないので保留するとして、他人とろくに口もきけない?本体が冬弥には心安く話しかけるのですから。これまで冬弥との交流は虚像だけのものだったのに、本体と共有するなんて嫌です。それどころか本体が「理奈本人」を宣言して根こそぎ奪われてしまうかもしれません。理奈は知りませんが、冬弥は基本あれなので、本来の対応ではないとはいえ本体が出てきた日にはイチコロで、全部持っていかれるのは確実です。そのため、冬弥が本体を知らない状態/虚像しか知らない状態で決着をつけるしかありません。それに、せっかく性格を変えて理想の自分に生まれ変わったのに、今になって元に戻るとなれば、ここ最近の濃密な努力が水の泡になってしまいます。現在を否定することになります。今の理奈であり続けるためにも、冬弥を介して「自分」と「所有権」を主張し、本体に釘を刺しておかねばならなかったのです。理奈というのは実に因縁と宿業の深い人物です。相手が別人ならまだ寛容にもなれますが「もう一人の自分」には負けられません。混ぜるな危険。二つの派生を司ることで互いがその反転後の性質を示すので、理奈は二つの原型から何も反転することなく性質をそのまま受け継いでいます。もっとも原型自体、壊れた状態が基本なので、元に戻るのに反転しているとも言えますが。また二重人格なので、理奈内部で反転して配置が入れ替わるだけで、オンになって表に押し出される人格は変わりません。仮に理奈に温泉地名物の特殊な毒キノコを食べさせても何の変化もないと思います。


現在の理奈の完璧ぶりを見るにつけ、奥に引っこんでいるだけの内向きな元の人格は必要ないんじゃないか、表の人格さえいれば、それだけで完璧な理奈として滞りなく成り立つんじゃないか、とも極論考えられます。ところが、理奈によって語られる彼女のこれまでの活動をたどってみると、裏方的で実務的な創作活動のほとんどは過去の出来事として限定され、最近ではとんと遠ざかっているようです。これは、芸術的な天性の美意識を持ち、英二と肩を並べてその世界観を描く才能を持っているのは本体の方だけだからなのではないでしょうか。かたや虚像には、外部に向けて見映えよくコンテンツを送り伝える機能しかありません。現役時代の英二および初期の理奈のステージデザインに理奈自身が関与していたというのも、時期的に考えて、それはあくまで元の理奈の草案で、現在の理奈の感性はまったく反映されていないと思います。つまり理奈が忙しいから今ではデザインに関与できないのではなく、今の理奈にはデザインに関わるだけの能力が備わっていないということです。また「理奈本人が忙しいから」できないのではなく「理奈本体が浮上していられる瞬間は限られているから」できないのです。通常、計算しつくされた大人びた姿勢を崩さない理奈が、ごくまれに冬弥に向けて、らしくもなく少女のような罪無くあどけない仕草を見せることがありますが、あれが他でもない本体なのだと思います。相手を翻弄する小悪魔ぶりは共通ですが、いつもと少し雰囲気が違ってきつさのない感じです。プレイヤーには冬弥視点での限られた姿しか見えないので、それが対人基準で珍しいことなのか理奈基準で珍しいことなのか本体基準で珍しいことなのか判別がつきませんが、ともあれ冬弥に対しては特別に制限を解いて親しんでいるのは確かのようです。理奈双方の口調が露骨に違うという訳ではないので見分けがつきにくいですが、社交的で誰とでもそつなく喋れる虚像と違って、本体は本来、徹底した人見知りで他人とめったに交流することはなく、ああやって、趣味人としてちょっとおかしなテンションで明るくお茶目に切りこんだ自分語りをする相手は純粋に冬弥だけだと思います。


理奈は、自身が裏方の芸術活動に携わっていた時期について「兄さんと仲が良かった頃」と限定します。おそらくは、英二が理奈に本丸である音楽の話をしてくれていたというのも同じく過去の話、厳密に元の人格に対してだけで、現在の理奈とは一切そういった意識交換や感性共有はしていないのだと思います。だからこそ理奈は、最近になって英二が由綺に音楽の話をする事柄に憤慨しています。英二が変わらぬ対応をしてくれているならもっと大きく構えていられるはずで、理奈があんなにまで嫉妬心を刺激されることはありません。自分(理奈全体)から失われた特権を、自分(理奈虚像)には与えられなかった特権を、由綺が持ち始めたというのが気に食わないのです。英二が、独自の芸術的感性を分かち合う血を分けた妹として認めているのは元の理奈だけで、現在の理奈はそれこそ、もう半分の赤の他人であり、はなから理解を期待せず、ビジネス上の共営関係として距離を置き一線を画していると思われます。待遇に不満を抱いた理奈が食ってかかっても英二は「つべこべ言わずに黙って従え」みたいな態度を崩しません。その辺、両者を立てて平等に接しうまくバランスを取ればいいのに、わざとなのか無意識なのか、英二が二種の理奈の扱いに明確な差をつけるので、とことんまでにこじれています。英二なりの深い考えで、各理奈の特性に合わせ、それぞれに適した対応としてあえて接し方を使い分けているのか、はたまた原型の思考パターンの余波が根深すぎてその基本から逸脱することは英二のような安定した信念の人でも不可能なのか、それは判りません。妹はべたべたに甘やかして過保護にするのに、手下には非人道的な道具扱いを強いて平気でいる、妹にはひたすら平謝りなのに、手下に対しては少しの罪の意識もなく一切反省の色を見せない。これもう、派生元にさかのぼって根源からはっ倒さないと、派生先の末端レベルでは解消できない問題でしょうね。手下に対する突き放した態度は、試している表れというか、あれはあれで愛情の裏返しなのかもしれませんが、もう少し大事にして体裁を考えてあげたらいいのにと思います。ふと考えてみると、理奈のアイドルスタンスって、支配者の権限で否応なく操られているという点で、やってること派生元とまったく同じですよね。完全に一致。理奈に自我と尊厳が保証され、際限なしに発禁台詞を吐かせられないだけマシというものです。


「兄さんは、普通は他人に音楽の話はしない」と理奈は言います。でも、よく思い返してみると英二さんって、冬弥にも普通に音楽の話しますよね?はなから共感の芽を潰されて、音楽の話をしてもらえないのって、実は理奈(虚像)だけなんじゃないですかね?もっとも、冬弥への話は雑学的なものばかりで、深淵たる音楽の本質についてではないので何とも言えませんけど。理奈全体にとってとかく不要部分として捨て置かれがちな理奈本体の価値と存在理由を侵犯しないために、英二はあえて理奈虚像とは近すぎない距離を保っているのかもしれません。英二個人としては論理的思考に基づいた節度ある賢明な処遇なのに、結果として、派生元の偏りまくった私情と身贔屓をそのまま持ち越し、とどめのだめ押しをする形になっていて、はなはだ遺憾です。