当考察では一貫して「美咲=重度ストーカー」を当たり前の必須予備知識レベルで前提に置いています。私見ではありますが、美咲編本来の構図とは「冬弥が」美咲をストーカーして困らせる話じゃないんですよ、まず前置きとして「美咲が」冬弥のストーカーというのが基盤です。美咲が冬弥をストーカーしているなどどこにも書かれていたはずはない、そんなの言いがかりだと思われるかもしれませんが、本当にそうですか?いや…笑っちゃうくらい典型的でしょ美咲さんって。逆にどうしたら彼女をストーカーでないと信じきれるのか訊きたいです。確かに美咲がストーカーだと「直接的に記述」されることはありませんが、その気質や動向の面で、情報小出しのあらゆる形で「潜伏的に表現」されているはずです。冬弥から決定的証言が得られることはないものの、ひょっとしてこれ暗にそういうこと?と引っかかる描写が作中たびたび見られます。
語り手の冬弥としてもその確定は禁句扱いで言語化することはありません。冒頭早くも「美咲さんは長年俺のストーカーをしている、でも表向きの親交を壊したくないから、俺は気付いてても我慢して普通に接している」だなんて馬鹿正直に地の文で爆弾投下なキャラ説明すると思いますか?言う訳ないない。さすがに初見でいきなりそれ言われたらどんなプレイヤーも「は?」って面食らって一気に初期離脱確定です。一応は(一応は)プレイヤーの心の準備に合わせる配慮はあるみたいで、性急な暴露は見送られます。またいかにもな理想と期待させといて実はゲテモノというのは結構な減点要素で体裁よろしくないので、プレイヤー受け上、明確な暴露自体が見送られます。私個人としては裏美咲の方がキャラ的に断然面白いのでむしろ絶賛したいですが、大多数がそうはならないことは何となく察しがつきますからね。美咲をれっきとしたストーカーとして配置しながら、その彼女をストーカーだと明記しない構成というのが作品としてのあえての仕様です。
シナリオ中、どう文章を拾っても「冬弥が」ストーカーしているのは目にも明らかなのに、逆に「美咲が」ストーカーだと主張するなんて、ここのサイト管理人、毎度脱線した思いこみばっかで一次資料の本文の方をちゃんと読めてないんじゃないの?と思われるかもしれません。そう受け取られても仕方ないと思います。いやじっくり読みましたよ?でも実際、うわべの動きだけに着目してもあまり解釈の足しにならないんですよ。目立って目を引く描写だけでは確実に説明が足りていないことは皆さん実感されていると思います。そのかわり、大筋の流れとはそれた箇所での目立たない描写として何かしら意図されている傾向があり、その大体が美咲の不審行動で徹底しています。それらはけっして表現の面で強調して示されはしないものの、しっかり全域にめぐらされており、意味を持って敷かれている情報なのは間違いないと思います。
冬弥によって表向きに強調されること、ひいては表に打ち出されている筋書きは、作品真設定的にその大体が大嘘だというのはもうWAの根強い定型パターンになっています。一貫してそういう作品構造なのです。そして重大な要点ほど明確な表現はされず、わざと曖昧にぼかされています。それは仕様です。作品の基軸であるはるか設定からしてそうでしょう?冬弥の記憶喪失はすべてに関わる第一要素にもかかわらず、一度もその言葉で言語化されることはありません。もう一つの基軸といえる由綺設定にしても、彼女がひたすら口先だけで誠のない自己愛人間というのは徹底してリークされません。逆にオフィシャル発言上は、はるかは何も考えてないだとか由綺は気にしすぎるだとか、事実と違うことが当たり前に飛び交って固定化しています。いかにもな真実味でいつも冬弥が語らっていることは本筋的には大体嘘です。その他のシナリオでもそのシステムはきっちり稼働しており、公でメインテーマと受け取られている筋は大体、正反対に裏返ります。つまり美咲編でも、これ見よがしな事象は本題ではないのです。美咲編で冬弥のストーカーが目に余るというのなら、目立つそっちはあえてのブラフ。それではない、別の正反対な何かが本題として仕組まれているということです。
要するに、表向きのお題とは逆行する真実が美咲編にもあるはずなんです。美咲の真実として、冬弥はるかの事情を把握した上で状況進行に臨んでいるというのが持ち分にありますが、それははるか所有の真実の支流に過ぎず、美咲編固有のとっておきとは言えません。美咲主体となって配置された隠し情報、それは何かと考えれば、やはり各所で言及されつつも強調はされずにさらっと見送られる捨て描写が妥当な事案です。大事なことほどはっきりとは示されないのです。類する行動の中に何かしらの共通の意図がひそんでいるはずで、その意味する所こそが美咲編の真の本題です。怪しいのにけっして証言として断言されないその行動に、美咲の真の本質が描かれているのです。
当たり判定のつかない日頃のすれすれ行動以外にも、そもそもからしてはるかの真の立ち位置を知っているという所有カードがもう、ストーカー美咲の確かな証明なんですよ。というのも、冬弥は人前では絶対にはるかに甘くしません。お前手加減しろよってくらいボロクソに言います。まあ内弁慶が発動してるんですけど。いわゆるハラスメント的な横暴とは質が別ですよ、近さゆえにおだてや気兼ねがないだけで、根っこでは頭上がらなくてすごく大事にしています。ほぼ全部照れ。そんな冬弥がはるかに甘く接するのは、ひそやかな二人きりの条件に限られています。はるかのための俺ははるかの前でしか見せたくないんです。その俺ははるかのためだけに存在するんだから他の人には絶対に見られたくない、はるかただ一人のためにしか表に出さない、はるかにデレデレしてる所ははるかの中ですら限定はるかにしか見せたくないんです。よって普通なら部外者がはるかとの仲に気付けるはずがないんです。普段はあの調子、徹底して気を遣わない「完璧な」雑対応ですから。それなのに美咲は二人が深い仲であると把握しています。シナリオ通して美咲がはるかに遠慮しているのは「作品上のはるかが何者か知っている」表れで、冬弥にとってのはるかの位置づけも知っている証です。美咲はそれをいかにして知ったのか?人前では絶対に出さないはずの冬弥の本心を。限定はるか限定でしか出現しないはずの限定冬弥の愛情のほどを。これは、冬弥が「誰もいない」と思っていた現場に「実は美咲がいた」ということです。周りに人けがないからってお外で気を許す冬弥にも多少の抜かりはあるものの、周りを見渡して実際に人けがなかったからこそそのつもりで没入モードに入る訳で、そこに本当は美咲がいたとなれば、それは意図的に身をひそめている以外に考えられません。これをストーカーと言わずして何と言いましょう。
女性としてハイランクな美咲さんがストーカーならそれでも問題なし、冬弥には勿体ないごほうびだみたいに思われるかもしれませんけど、そういう問題じゃないです。また、もてる証拠で逆にうらやましいだとか、どうもそういった観点からストーカー被害というのは軽微に見られがちですが、こそこそ尾けられる、しかも好きでもない人にってのは気分いいものではないと思います。そう、冬弥は美咲が好きではないのです。冬弥の視点を追う上で、プレイヤーの好みは問われていません。美咲と相対しているのはプレイヤーではなく、冬弥という個のキャラクターです。「冬弥が」どう思っているかの話であって、観客でしかないプレイヤーの私情は反映されません。
主人公の言動にプレイヤーサイドの感覚が投影されず、またプレイヤー自体の心情が考慮されないで物語が展開するのは作品として出来損ないだ!とかけなされたって、いやそういう話ではなく、そもそも初めからWAというのはプレイヤー主体のシンクロを想定して作られた作品ではありません。作品を動かす(プレイする)プレイヤー自身の意思決定が何よりも尊重されるべきといった価値観の人には合わないというだけです。作品を動かす(コントロールする)のはあくまで提供側、そういう作品タイプなんです。なので冬弥の心境がどうとか考えず、自分の感覚としてどうかで彼の動向を見てしまう自我の強すぎる人は、WAという作品自体が肌に合わないと思います。冬弥に目線を落としこめないことで、どうしても彼の言動に拒絶反応を起こし、いらいらして余計なストレスになるからです。冬弥は自分とは違う一人格なんだと割り切って自分から切り離し、自己参画は極力抑えた方がいいと思います。プレイヤーとしては、冬弥を一人の冬弥としてそのまま受け止めればよく、自分が主人公になる必要はありません。「他人の立場に立って考える」というのはそういうことです。「自分が」その立場なら「自分は」そうする、ではなく、なぜそうしたんだろう?とその立場にいる人自身の気持ちを「想像すること」が大事なのです。考え方としてどちらが「優れている」かという話ではなく、あくまで「WAを読む上では」後者の方が「適している」ということです。ただまあ、その想像の解釈が正しいかどうかというのはまた別の話で、野良プレイヤーの見解には何の断定力もありませんが。
それはそうと、はるかも結構なストーカー癖です。猫は天性のストーカーですからね、もうそういう特有の習性なんです。冬弥ははるかを好きにさせているけど、ストーカーはストーカーでもはるかはいいのか?はい、いいんです。冬弥は、はるかは好きだから。好きな子に執着を持たれるのは何より嬉しいんです。自分ははるかより美咲さんに追われた方が嬉しいんだけどなあ、みたいなプレイヤー個人の好みは関係ありません。「冬弥が」どうかです。冬弥は美咲に追われるのは好んでいません。
それに、ストーカーなのは同じでも傾向が違って、はるかはちゃんと姿を現して「ここにいる」アピールや「見てるよ」アピールをします。中身猫なので、何かと視界に映りこみにきます。向こうから声をかけてもきます。ストーカーというには明快明朗で「いわゆる変質ストーカー」とは性質が根底から違うんですね。「構って」の意思表示の出方がたまたま「忍び足で寄ってきて驚かす」形になっているだけです。そこにきて美咲は隠れたまま姿を見せず、秘密裏に後を尾けます。冬弥としては状況を把握しきれないからとても恐怖です。自分が気付かない間ずっと素行を見張られていて、自分の何をどこまで見られているか判らないのは嫌でしょう?別に何か見られて困ることをしている訳じゃなくても、それでも。美咲のストーカー行為はかなりの圧になっており、冬弥も何とかしたいと頭を悩ませているのです。
普段から自分の知らない所でいつ終わるとも知れないストーカー行為を受け続けるというのはたまったものではありません。そのため冬弥は「あえて」美咲に声をかけます。いつだって「冬弥の方から」美咲狙いで声をかけてるよなあ、みたいに思われるでしょうが、実は裏にワンクッション、外せない前提があるんです。「あっ美咲さんだ、何してるのー?」「あっ…藤井君…」とかなんとか、ええもう棒読みの茶番ですよ。何してる?って、ストーカー真っ最中と知っているのに素知らぬ顔で気さくに声をかける冬弥。ひそむ美咲を引きずり出し表立った対話に持ちこむことで裏行為は中断されます。そして一通り話し終わって「それじゃあ」とその場でしっかり締めくくってすっぱりお別れすれば、美咲も満足して納得するし、当座、その後なお続けて尾けられるおそれは減ります。
冬弥としては、何を見られているとも知れない追尾を断つためにあえて美咲に声をかけるのですが、美咲にとっては単純に、向こうから積極的に声をかけてくれる事象にしかなりません。ストーカーを舞い上がらせて本気にさせる一番まずいパターンです。逆アシスト。よりによって冬弥から接近してしまうので、美咲は普通に期待してしまいます。藤井君は優しいんだねって疑いません。冬弥はああいう性格だからはっきり拒否して撃退することはできません。たとえストーカーであっても相手を傷つけることはできません。ストーカーだと認識していながら逆にエスコート方向で関わってしまうんだから、被害が進行しても冬弥の自業自得です。冬弥は大部分愛想でできているので、必要以上にお愛想してしまって自分で自分の首を絞めることが多々あります。わざわざ二人で遊びに行ったりなんかは本当はしなくてもいいのに、愛想の加減がつかないからつい口先軽く美咲を釣ってしまいます。悪いのは愛想を自分で止められない墓穴掘りの冬弥ですよ。好きでもないなら初めから優しくしなきゃそれで済む話なのに、冬弥は難儀な性格で、気持ちがないほど無理してにこにこ愛想しちゃう人なんです。
親友の彰が美咲に好意を持っているというのも、冬弥普段からの美咲への扱いに影響します。彰の手前「あの人、動きが怪しいからちょっと苦手」とは言えない訳ですよ。彰にどう説明すればいいんです?友達ぐるみで付き合いがあるので下手に敬遠はできません。よそ者対応で接したら、彰に見とがめられて「何だよその態度、失礼だろ美咲さんに!」とみっちり叱られます。彰、なんにも知らないから人の気も知らないで。多分冬弥、本当は美咲とはほどほどに言葉を交わす程度が望ましくそこまでプライベートに食いこみたくないのに「彰のために我慢して」やたら自分を焚きつけて、無理して積極的に親しくしているのだと思います。冬弥の根が排他的で、それでいて表面上無理をして友好を示す人なのは基本中の基本です。
冬弥は普段美咲を高評価する一方でごくごくまれに、美咲さんって…。いや…。うん…。まあいいや…。うん…。みたいな態度で、なんか言いづらそうに濁して言及を取りやめるような反応をする場合がいくつかあります。「言わんとこ」的な。ふと心を留めたことに何らかの所感があるようなのに、要旨をはっきりとは言いません。マナ編美咲がお目当ての鉢植えを手に入れるまでの過程についてであったり、美咲編クリスマスでいつの間にか部屋が片付いていることに対してであったり、主に美咲の粘性傾向が糸引くエピソードにおいて冬弥のそうした言い控えは見られます。重すぎる性向に精神的にあてられて「うっ」ってなってる感。行動パターン自体は作中頻度として僅少ながら、その少ない事例が確実に「パターン化」しています。それにはパターン化するだけの下地が前条件としてあるということです。冬弥は美咲の動向に思う所ありながらあえて見なかったことに徹してテーブルに上げて論じはしない、これが強固なパターンになっています。そしてまた、あまりいい方向に思っていないから引いた態度で言葉をのみこんでいるのは明白で、それはとりもなおさず美咲に対し、必ずしも好感全振りではないことの裏付けになります。そんな実態でありながら普段全振りで持ち上げているとなれば、冬弥の美咲褒めがいかに情報として信用ならないかという話です。
冬弥が普段「美咲さんすごいすごい」と持ち上げまくっているのははっきり言って、気のないおべんちゃらです。わあ~美咲さんすごいよ~(棒)みたいなお愛想なんです。冬弥の感情演技が優れすぎているばかりに本気の本気でそう言っているようにしか見えないだけです。ガワの冬弥はいたって本気で言っているかもしれませんが、冬弥全体ではあくまで人間関係を円満に保つための割り切った営業トークです。ああいう判りやすいべた褒めは深読み的に全然有用な情報ではありません。分析材料としては無価値な情報で、何の掘り下げにも繋がりません。言葉表面だけで話はそこで打ち止めです。軽くほいほい放られてくるだけの情報なんて大した重要性は付与されていません。見やすくふちどられた表現ばかりに注目していては大事な要点を見逃してしまいます。ごくまれにちょっとした隙間描写として見られる、いつもの論調とはかけ離れた特例事項、それこそが核心情報の宝庫です。
ライトにプレイしている人にとっては、どうしても普段の「美咲さんすごい」の方ばかりがやたら情報として目に飛びこんでくるので、言葉そのままに受け止めて飛びついてしまいますが、冬弥そんな単純な人間じゃないです。冬弥の心は二段階になっているので、独白で言っている心境すらそれがそのまま彼の本音のソースになるとは限りません。彼は心の中でも「お世辞」を言います。角が立たない状態で見方を安定させるために、彼は自分に言い含めて自分を歓待モードに仕向けます。冬弥がこれでもかと好感を語るのは、相手をすごく立てて無理して自分に迎合を強いている表れで、自分をそう洗脳せずにおれないのはつまり、本当はそれだけの感情は胸中にないということです。逆に、本当に心を開いている相手には冬弥、塩すぎるくらい塩です。信頼確かで無駄に媚びる必要がないから、みえみえに取り繕った持ち上げアピールなんかしません。過度な賞賛対象である美咲に対しては、そういう意味ではしっかり距離を空けており、特に個人的な愛着はないのです。
さて、内情はどうあれ展開としては「冬弥の方が」美咲をストーカーするリアルが存在するのは不動の事実です。自論ではあくまで「美咲=ストーカー」が真実だというだけで「冬弥=ストーカー」が虚偽だとまでは言っていません。ストーカー美咲が主要素なだけで、ストーカー冬弥もまた事実は事実です。ただ冬弥には彼なりの言い分というか、言わないけどそうするだけの理由があって、結果的にそうなっているだけです。冬弥の行動は「副次的」なもので、すべては美咲のストーカー行為を「前提」とした、彼女に対する「反撃」なのです。
美咲の粘着によるストレスをためにためまくった挙句の果てに、冬弥はついに自棄を起こします。それは静かな発動で、形はなく、また特定のきっかけもありません。いつそうなったかは誰にも、冬弥本人にも判りません。全部水面下でのことで、限界オーバー後、器に収まりきらなくなったあれこれは異変となって表面にあふれてきます。冬弥はもうどうにでもなれで美咲を自分の対象に引き上げます。「そんなに言うなら(言ってない)、今なら相手してあげてもいいよ」という上から目線です。あのねえ藤井さん、そういうのって痛すぎるわよ。何様よ?自分が判ってないんじゃないの?そう、美咲編では冬弥は自分が判らなくなってしまうのです。もうかなり内部で消耗してまともじゃなくなってきているので。思考が普通じゃなくなります。そっちがその気なら気のとがめはない、こっちはこっちでいいように使ってやろうという気満々で美咲をターゲットに定めます。我慢の沈黙を破り一気に反転攻勢で、冬弥の猛攻が始まります。いざ方針に確定を出してしまったなら冬弥は俄然そのつもりなので、押せ押せの一点張りで美咲にせまっていきます。それが以後執拗に続く美咲編冬弥のストーカーアタックの実態です。
限度を超えた冬弥の行動に美咲は怯み、まともに対処できません。ここが美咲編構成の面白い所で、プレイヤーの目には、前提である美咲側のストーカーを何も知らされていないまったくの白紙状態からいきなり冬弥の「『反転』攻勢」が始まる訳です。何だこりゃですよ。えっ、えっ、ウォーミングアップすっ飛ばしで何この急展開!?始まりのきっかけが判らない上、心情の機微も話の必然性も判りません。これは多分わざとそういう作りになっているので、シーン直面時に展開の意図に理解が及ばないのは当たり前なんです。「その時点では」まだ積み重ねが描かれていないから。そこでそのまま単純に全部をひっくるめて「美咲編には積み重ねが描かれていない!欠陥シナリオだ!」と断じ、切り捨ててしまいがちですが、そうではありません。積み重ね情報として必要なピースは、ちゃんと「後出し」の形で挙げられていくんです。そうと気付けないくらい地味に。
実は、冬弥が美咲からストーカーを受け続けている?「積み重ね」は、作品を読み進めるうちに言葉のはずみや振り返りの断片から徐々にうっすらと判ってくるんですね。まあ判んないままになることの方がずっと多いですけど。普通そんなつもりで読まないから。実際の周知はともかく、テキストの中には何となくぼんやりと、冬弥に対して慣例化した美咲の動向が示されています。そんな美咲への怪しみははっきりとは語られず、しかしながらわずかに匂わされる形で、少しずつ確実に情報が積み重ねられていきます。冬弥と美咲の間の「積み重ね」は、その薄すぎる根拠が「積み重なる」ことで次第に確定的なものへと強化されていきます。そういった情報が「後付けで」加わっていくことで、初動では全然読み物のていをなさなかった超展開が補足されます。冬弥の突発的行動は裏で連なった根深い経緯を必須に踏まえてのもので、作品構成の不備をひとまず許容し、懲りずに読解を進めた後で初めて説明がつくようになっています。
途中、何の前振りもなくいきなり「美咲は、いつからか知れないが冬弥のことがずっと好きだったらしい」との情報がぶっこまれ、そして何の上乗せもなく、詳細不記載なままそういう共通認識にされます。それが実際、美咲編根幹の真実ということはほぼ間違いないと思いますけども、問題は、冬弥自身がいかにしてその結論に達したのかです。冬弥は舞い上がりやすいのでちょいちょい調子に乗っては思い上がったこと抜かしますが、大抵すぐに考えを戒めて自分を改めます。身の程知らずな勘違いによって恥ずかしい思いをしたくないので、想像が軽度なうちに大体自分で打ち消します。「俺は好意を持たれているのかもしれない」と頭をよぎるとしてもそれは一瞬で、即刻「いやそんな」と自嘲して自惚れを一蹴し、視野に入れません。それはマナ編でのマナへの態度からも見てとれると思います。そんな、自己評価を最低限に切りつめて状況をとらえる冬弥が求められる自分を認識するというのはよほどのことです。普段他愛なく話をする中でたびたび脈ありげな反応を示してくれるくらいのことでは足りません。そのくらいでは弱腰冬弥の自意識には影響しません。絶対的事実という手堅い確証がない限り、冬弥は自信寄りの結論には至らない人です。背景には美咲の行動として何らかの確定的動作の蓄積があるはずで、けれどもそれはけっして決定打の形できっぱり言及されることはありません。いつでも淡々と流される状況描写程度で暗にぼかされています。それが言葉にするのもはばかられる事実であるがゆえに濁されているならば、相応に、その美咲の行動というのは人様に言えない類のものであるとの裏付けにもなります。
直接ダイレクトに「美咲さんは今日もまた俺を尾けている」といった決定的な冬弥センテンスでまんま記述されることはないものの、美咲が冬弥の身辺をじっとり窺う様子は間接的かつ微細な情景の形で巧みに表現されています。判定がつかない非常にデリケートな問題で、被害を受ける冬弥としてもそうあけすけに訴え出れることではありません。仮にも親交ある美咲を悪者にして晒し上げるのも気が引けますし、問題として周知化できないのです。
裏で追われる苦悩は「ひょっとしたら俺は彼女に好かれてるのかもしれない(もてて照れる)」程度のちょっとしたものではありません。そんな段階はとっくに過ぎています。「かも」なんて悠長に確定を先送りにしていられないほどに美咲の行動はにじり寄ってきています。とぼけてやり過ごすには既に事実が事実として否定できない状況です。好かれている云々の心情面は判定がつかないにせよ、追尾という現実は着実に蓄積しています。逃げ場のない限界にまで追いこまれて、冬弥はもうかなり真剣に困りはてて参っています。恋人がいるのに他の女性にも想われて困っちゃう、とか冬弥はそんな自慢話がしたいんじゃなくて。息が詰まって吐き出すこともろくにできないくらいなんです。言うに言えない彼は、プレイヤーに対し言葉にならないSOSを発しています。声を上げられず誰にも助けを求められず内々で苦しんできた彼に気付いてあげて下さい。
ここまでが、美咲編突入「前」の段階で冬弥が常態で抱えている暗黙の前提です。彼の我慢一つで何事もなく保たれている現状で、裏側では、素でもう限界に位置しているのです。ゲーム開始時点で既に状況急変に転じる布石はすべて配置済みで、冬弥の堪忍袋の緒が音もなくとうとう切れるその瞬間に事態は配置通りに動き出します。
そこで単純に、美咲のストーカー行為へのノーという形で話が回っていけばまだ判りやすいのですが、冬弥は彼女の好意を逆手に取ります。受けて立つのです。美咲の粘着を念頭に、それだけしつこくするならこっちがそのつもりになってもいいんだよね、という居直り方向で動き始めます。冬弥は別件で晴らしどころのない切迫を抱えているので手頃なはけ口を必要としています。つまりは、その場しのぎ前提です。そのためだけの動員です。でもいいんだよね、しつこく寄ってきたのはそっちだから。そういうことにしかならないに決まってるのにそれでも寄ってきてるんだから。冬弥は、きっかり合間だけの臨時対象、徹底した浮気相手として、ただただ打算でもって美咲に狙いを定めます。藤井さん、その考え本気?だとしたら本気で危ないわよ!脳内抑制を期待しようにも、冬弥はもう壊れかけて良識が飛び飛びなのでイマジナリー天使にいさめられても全然効きません。そうと決めたら突き進むまでです。