はるか3


はるか編は、はるかが過去をたどって、もう一度同じ想い出を作り直している話だと思っています。皆さん、はるかが何らかの基準、先に立つ前提に沿って行動していると感じたことはありませんか?行動モデルというか。それははるか自身の行動だけではなく、冬弥の行動にも存在し、適用されます。はるか編通して冬弥の先回りをしているはるかですが、かつての冬弥の行動パターンに従って動いているため、結果必ずそこに居合わせることになります。はるかは、おそらく4年前、記憶損傷部位の最後の冬のこと、「あの日見た雪の白さ」を「今でも覚えて」おり、「初めて触れた唇のぬくもり」も、「忘れない」で覚えているのです。冬弥ははるかとのキスを、まるでファーストキスかのように強く意識しますが、実際その通りで、ファーストキスのやり直しと言える訳です。はるかがケロッとしているのは元々の性格もありますが、二度目のことで余裕があるからです。キスイベントに先行して、はるかとのキスは「弟とするみたい」でちょっとね、と言う冬弥ですが、元々その台詞を口にしたのはかつてのはるか。当時のはるかは長い髪で女の子らしい姿をしているので「弟」イメージには合致しません。一方冬弥は成長途中で今より幾分か体が出来上がっておらず、今以上に子供子供した性格の、まさに「弟」キャラだったでしょう。過去も何だかんだですんなりファーストキスとはいかず、小休止があったと思われます。作中においては、かつての自分の照れ隠しが、4年の時を経て、何も覚えていないはずの冬弥の口から発せられたので、不意うちと立場の変化に驚いたはるかはちょっと照れます。そしてその後、想い出の複製が首尾よくなされた後、はるかは改めて自分発の台詞として「弟としたみたい」と冬弥に伝え、正式なオチをつけます。


なお、ここ数年暖冬で雪は積もるほど降っていないので、現状冬弥が由綺とキスしているかどうかはともかく、真っ白な明るい雪景色の中でのキスの想い出は由綺とはありません。「去年は雪が降らなかった」のくだりは、あらゆる場面で何度も繰り返し語られ、またさらに、まれに「去年『も』雪が降らなかった」との記述もあることから「暖冬で雪が降らない」のはここ数年の確かな事実のようです。つまり冬弥と由綺が交際を始めてから「ここ数年、一度も雪は降っていない」ということです。雪が降っていないと確定するのは少なくとも2年前の冬からで、それ以前は降った可能性もありますが、冬弥の腰の引けた性格上、知り合って間もない相手とぐいぐい前のめりに関係が急発展するはずがないので、交際初期にキスの想い出が発生すること、そっちの方が起こりにくい展開です。以上を考慮すると、EDで歌われている情景は、冬弥と由綺の想い出を想定して描いたものでは絶対にあり得ません。そしてまた一方で、作中においてEDと同じ情景描写、同じ台詞「(冬弥との想い出はすべて)忘れない」を与えられているのは、はるかただ一人のはずです。雪の白さが際立つ中でのファーストキス(二度目)に加え、深刻な他場面で触れた指先の冷たさ、無防備に見せる冬弥いつもの子供っぽい仕草など、EDにそのまま合致する想い出を手にしているのは、事実上はるかだけなんです。


過去のなぞらえを匂わせる実例として、大晦日イベントで、本来の目的地は学園(高校?)なんだけど、在校生ではない身で忍びこむと捕まってしまうから、代替候補として、現在在籍中の大学の方に忍びこむことにした、みたいなことをはるかは言います。実際の言はかなり省略が入っていますが、元の文を推定、復元すると上記の主旨で間違いないでしょう。「高校生当時のかつて、学園に忍びこんで二人で年越しした」という前提を踏まえ、その想い出を複製するために、はるかは学園への潜入を試み、そしてそれは条件が整わないので、大学へと場所を変更して計画を実行しています。サイクリングも、これについてはそれほど明白な着目点はないのだけど、はるかが最後に「また行く?」と締めくくっている点から考えて、かつての「また行く?」を再現した「また行く?」なのかもしれません。そして同時に、作中でのサイクリングはかつての「また行く?」の実現でもある訳です。自分の行動が、未来を展望しないむなしい懐古、それこそ「ばかみたい」だと判っていながら、はるかはあえて反復を貫きます。変化の見込めない無駄な繰り返しでも、冬弥から失われた記憶の切れ端、残された貴重な原本を手元に持つ彼女にとっては大いに意味のあることなのです。


定期入れイベントの仮説です。はるかが持つ「二つ折り」の定期入れの内側には元々「2枚」の写真が入っていました。多分、定期を入れる本来の目的では使っておらず、純粋に写真入れとしてイレギュラーに使っており、定期を入れた場所はありません。写っている情景から考えても、いわゆるシール状の小さい写真を脇に貼っているのではなく、昔ながらの普通の写真を裁断して入れているようです。めんどくさがりのはるかですが、そういう手間は惜しみません。さて定期入れに入っているのは兄との写真と冬弥との写真。どちらも3年余り前に失くした大切な人です。はるかはあの時、冬弥との写真の方を見ていた。その後、冬弥がやってきて「見せて」とせがんだ。けれどもはるかは、身に覚えのない冬弥とはるかの写真を見た冬弥本人が激しく混乱することをおそれた。だから、冬弥との写真を抜き取って定期入れを渡した。残るのは兄との写真のみ。その後、兄の話をしてイベントは終わります。そもそも冬弥がごねた所で、はるかは意志が強いので初めに見せないと決めたことを曲げたりしません。兄との写真もまあ見られたくはないけれど、冬弥がその場で頭おかしくなることに比べれば背に腹はかえられません。冬弥は、はるかが兄ではなく自分のことを見てるような気がすると語ることがありますが、けっして自惚れなどではなく、実際そうだったのでしょう。はるかは徹頭徹尾、冬弥を見つめています。作中、冬弥がはるかに、恋愛対象として好きな人はいないのか訊くことがありますが、非常に残酷な言動です。はるかの方がより兄に似ているため、はるかにとって兄は兄、冬弥は冬弥です。冬弥に兄の面影を見ることはありません。表向き兄を中心に展開しているように見えますが、実ははるか編での河島兄の重要性はそんなに高くありません。はるかが今もなお兄のことで傷ついていることは事実ですが、さしあたって、冬弥との会話でなされる兄の話題はフェイクです。兄に言及して冬弥を心配させることと、冬弥の過去に言及して彼を卒倒させることを天秤にかけたはるかは、やむなく前者を選んでいるのです。はるかは冬弥への想いを兄の名を借りて語るので、何も知らないまま言葉通りに受け止めると、彼女は度を越したブラコンのようです。実兄に禁断の愛を寄せるという病んだイメージに甘んじても、想い人である冬弥にそう受け取られたとしても構わない。はるかはただ一心に、冬弥を守りたかったということです。


お風呂シーンは、要である記憶回復の場だけあって、個人的にはWA屈指の名場面だと思っています。一度失い、ずっと求めてきた念願のはるかですからね。描写にも気合いが入っています。最低限の簡潔な表現でありながら叙情に満ち、心を打つ必須要素はすべて揃っている、無駄なものも不足なものも何もない、磨き抜かれた完璧なシーンだと思います。各プレイヤーの需要そっちのけで冬弥は勝手にはるかにのぼせてます。個人的にははるかの体は綺麗で魅力的だと思います。別件で、冬弥が「男入ってる」と評する割には意外と丸っこくて柔らかそうです。冬弥は普段の態度と打ってかわって、こっちが恥ずかしくなるくらい甘やかにはるかをいたわります。普段からそうやって素直に愛情表現してくれれば、読み手としても助かるのですが、いつものはるかディスも冬弥なりの愛情表現なので、どちらが欠けてもはるかへの愛は成り立たないようです。お湯を浴びることで二人の心に積もった雪が解け、記憶の受け渡しの準備が整います。本人たちはそんなこと知るよしもありませんが。挿入時にはるかから一気に記憶が流れてくるのか、はるかを突くたびに記憶が回復していっているのかは判りませんが、何も考えられなくなるのも当然です。基本冬弥はいたす時に記憶損傷部位が原因で無意識に混乱していることが多いので、すぐそうやって描写を放棄します。ちょっとくらい説明してくれてもいいのに、そこははるかと二人だけの秘密なのか、読み手にも明かしません。冬弥の記憶回復にあたって、もう少し何とか判りやすくならなかったのでしょうかね。はるかに一言伝えるなり、謝罪するなり。でも「はるか、俺思い出したみたい」と神妙にするならまだしも「何で黙ってたんだよ、俺忘れちゃってたじゃない!」とか例の調子でまくしたてられても色々と台無しですしね。はるかも「そう」としか言わなそうだし。黙ってて正解です。それは冗談として、長年はるかを置き去りにしてきた事実が深刻すぎて、何を言ってももはや弁解にならないと判っているから黙るしかなかったのでしょう。なお、はるかのHイベントはほぼ彼女の誕生日合わせと言えると思いますが、誕生日当日ははるかに身体上の都合があるからか、ゲーム的に誕生日イベントとHイベントを別枠で確保したいからか、誕生日から一週間程度後にずれています。はるか編終盤は怒涛のはるかイベントラッシュになり、かなり優遇されています。普段、部屋の鍵をうっかり閉め忘れることの多い冬弥ですが、はるかを招き入れる時に限りしっかり鍵をかける描写が入るのも象徴的で、そこからも冬弥の真剣さ、彼女を離すつもりのない本気度が判ります。やる気満々ですなあ。はるかは特別待遇なんです。


年明けしばらくした頃、物思いにふけるはるかを見た冬弥が「はるかも女の子なんだからブルーな日もあるよな(意訳)」みたいな、ちょっとあれな思いやり、デリケートな理解を示すことがあります。このイベントは日付指定ではなく発生日にいくらか幅を持たせてあるので、日にちと出来事を正確に紐付けることはできませんが、発生の目安は大体はるかの誕生日の1か月前頃です。そしてアリーナでシャワーしてきた(公共の施設を使う)話は、これまた日付指定はありませんが、物思い日の目安から大体一週間後くらいに発生し始めます。仮に冬弥の勘が合っていて、すこぶる健康体と思われるはるかの周期が順調であれば、彼女の誕生日はちょうど「できない日」に当たります。はるかのブルーな日もはるかとする日もイベントとして日にちが確定している訳ではなく、そもそもはるかがブルーな理由がそれとは限らないので何とも言えませんが、Hイベントを発生開始時期すぐに通過するならともかく、作品最終日前ぎりぎりまで引っぱるのは日数的にちょっと危険ゾーンに足を突っこんでいるかもしれません。まあはるかが冬弥を受け入れたのならそれは、彼女が高速回転で熟考を重ねた上での結論なのだし、互いの手足を縛るものにはならないと思いますが。万一そうなってもそれはそれではるかの想定内で、その場合の展望をも幅広く末長く見通した上での受け入れなのかもしれません。上記の日取りはあくまで目安で、各イベント日が固定でなく変動する上、システムの性質上、ブルー日、シャワー日(一回目)の二つのイベントが日を置かず立て続けに起こることもあり、本当に何もかもが不確かで、各事象と時期、経過を完全網羅で断定することは不可能ですが、はるか狙いで適当に彼女を追いかけていれば、おおよそ所定の間隔で各イベントが発生します(あまり熱心すぎてもバランスが取れない)。それが基準として推奨される本筋の日程(仮設)だと思います。する日も一応既定の想定日というものが設けられ、それに前後してざっくりおおまかに予備日が割り振られていると思いますが、何せそれも不確定に流動するので油断なりません。とりあえず安全日なんてものは存在しないと思って、冬弥は覚悟しておいた方がいいと思います。無責任に中で出さないで下さい。


エピローグではるかが求める由綺への配慮というのはあくまで、はるかに関する記憶喪失についての事情を伏せておくべきという意味で、別にはるかとの肉体関係を秘密にしろと言っているのではないと思います。別に冬弥を差し出すつもりはありません。やるだけやって後はばいばい、なんて、はるかはそんなお股ゆるくないし、冬弥だってそんなことできないのははるかも承知しています。二人とも、冗談なんかで求め合った訳じゃないんだから。なかったことにして関係を断つことはできません。それでも基本的には両件黙っておくのがベストですが、万に一つ結果を成してしまった場合、その時はそれに応じた説明をする覚悟はちゃんとあるだろうと思います。ただし何事もなければ、当面としてわざわざ積極的に由綺を傷つける選択を取る必要はありません。冬弥が目を覚まし混同が解けたことではるか前提の献身理由を失い、彼から由綺への無条件の無償供給が断たれれば、由綺にとっても冬弥の存在価値が大きく失われることになるので、さすれば彼らの交際がじき両側から自然消滅するであろうことは、はるかほどの先見があれば判ります。別れはもう時間の問題です。そのタイミングを待てばよく、焦って早まって無駄に由綺を傷つけてまで関係を自白する必要はありません。はるかが大当たりし、順序が問題になった場合にのみ、説明責任を果たすことになります。ただしその場合でも、泥棒猫の汚名は構わないけど、その時点でのいわゆる正妻告知は望みません。はるかは元々正妻相当なのだけど、それを知るのははるか自身と記憶回復後の冬弥だけで、表面上はそうではないからです。冬弥がはるかの正統性を主張することは立場的に厳しく、それでも彼女を愛するがゆえにその地位を保証したいのなら取り戻した真実を明かすしかないのだけど、はるか自身はそれを望まないということです。それこそ焦って正妻ポジションを強引に奪還しなくても、以後近いうちにごく自然な流れでそう行き着くのは確実なのでどっしり構えていられます。長い目で見れば、由綺の存在は長い共生の中の一時的エラーに過ぎません。だからといって、由綺本人に彼女が「間違い」だったと、ことさらに知らしめる必要はないのです。はるかとしては自身の立場は十分に確保され充足しているので、実質立場のない由綺の偽りの地位がおびやかされぬよう、真実に気付かない状態の由綺が彼女の心一つで気持ちよく晴れやかに別れに持ちこめるよう、ひたすら黙して辛抱強く待ち続けるのもまったく苦にはなりません。はるかは真の正妻なので、ちょっとやそっとじゃ動じず、堂々たるものです。「『正』妻」というのもやや語弊があって、冬弥にとってははるか以外に「つがい」はいないので、よそで別の「妻」を作ることはありません。正常であればはるか以外に「相手」はおらず、絶対に浮気はしないのです。正常であれば、ですけどね。そんなこんなで、はるかの絶対優位な立場、本人の貫禄ありまくる余裕は、見ようによっては小馬鹿にしているにも程があり、由綺にとっては心中穏やかでいられない侮辱の様相ですが、真相が由綺に伝わることはほぼあり得ない事態なので問題ありません。それに、冬弥不在状態で大きな仕事を乗り切ることで彼への熱望が大幅に薄れれば、由綺のことだから「お互いのため」と言って、有意義な意識でもって、自分の前途明るい発展のために、向こうから後腐れなく前向きな別れを告げてくるでしょう。由綺が何も知らないまま彼女の方から去っていくのなら、それをわざわざ呼び止めてまでやぶれかぶれな真似をする必要はありません。知らない方が幸せということもあります。由綺の幸せのためにも黙っている方がいいと思います。誠実とか不誠実とかいうのは、状況や立ち位置でいくらでも変動するものなのです。