美咲3


問題は彰ですけど。本来なら、もう一人の幼なじみである彰こそ、真っ先に冬弥とはるかの失われた関係や冬弥の異常に気付かなきゃならない立場なのに、彰は何も知りません。そんな訳で、美咲編で彰が最後に割を食うのは自業自得と言えるかもしれません。でも彰のために一応擁護しておきますが、冬弥とはるかは正式に恋人同士になっていた訳でもなし、冬弥が記憶を失う前も後も二人の関係は何も変わらなかった。その上、冬弥ははるかが好きなことを隠すし、はるかは黙ってるしで、ただでさえ鈍い彰が二人の関係に気付くのは至難の業と言っていいでしょう。彰からすれば、冬弥なんていつまでたってもはるかと幼稚なことばかりしていて、とても恋の話なんてできる雰囲気じゃないと思っており、冬弥が由綺と付き合い始めて初めて「じゃあ僕も」って感じに美咲への好意を明かしたという順序です。彰なりに気を遣ってくれていた訳ですが、間が悪いことこの上ないです。彰が悪いってか、やっぱり冬弥の日頃の行いが悪い気がします。


嘘や偽り、隠しごとの多いWAの中、彰だけがただ一人、裏のない純粋で真正直な存在です。冬弥もはるかも、そんな彰を大切に思うからこそ、幼なじみ三人の関係を崩したくなかったのでしょう。でも、ちょっとくらい彰にも知らせてればこんなこじれたことにならなかった気がします。あと冬弥は心が狭いので、親友の彰ですら、自分とはるかの間に立ち入らせたくなかったのかもしれません。


はるかがとぼけて話をはぐらかすのはよく見かけると思いますが、冬弥も時と場合によってとぼけます。はるかはとぼけに特化しており、含みのある言い方をするので、とぼけていると判りやすいのですが、冬弥は通常、天然でぼけている上、意図した時に自然な流れでとぼけるので見逃すことが多くなります。以前と話が食い違うことが発生した時点で、とぼけていたと後になって発覚します。前述のように、冬弥は美咲のひそかな好意をかねてから自覚しています。にもかかわらず、子供ぶって何も知らないって顔してとぼけています。基本設定として、美咲の好意を知りながら素知らぬ顔で気のいい後輩として美咲に接し、美咲の好意を知りながら彰の美咲への恋を応援してきたという事情がある訳です。カマトトですね、偽善者ですね。彰を取りまく優しい世界は、冬弥一人の沈黙に委ねられていたということです。美咲が冬弥を好きなのは、まさにそういう、苦悩を一手に引き受けて道化になってみせる所なので泥沼です。とはいえ、冬弥は彼女持ちなので当然美咲の気持ちには応えられないと判っているし、何より彰の方が美咲より大切なので、彰の恋と彰との友情を優先します。冬弥の中には明確な優先順位が存在します。主人公・冬弥は単なるプレイヤーの分身として存在するのではなく、Leaf主人公の多くがそうであるように、独自の意志を持つ1キャラクターです。プレイヤーが何を望もうと、彰>美咲は動かない。ただ単に由綺の恋人として存在している限りは、彰を裏切ってまで美咲に手を出すことはありえなかった。ところが記憶損傷部位がうずき、ここにきて優先順位で彰をも上回る人物が話に影響し始めます。「置いてきた宝物」であるはるかが、冬弥の最優先人物です。冬弥は失くした記憶が完全になくなる前に取り戻そうと無意識でもがき始めます。普段冬弥がはるかを軽く扱うのは、あくまで彼女が常に側にいることで安心しきっているからで、いざはるかを失いかねない事態に陥るとこれ以上なく取り乱します。一度失くしたはるかの記憶が、今再び完全に消えるといった所で大して変わらないだろうと思うのですが、冬弥にとっては大問題のようで、はるか再喪失の焦りから冬弥はもはや正常ではなくなってしまいます。彰を裏切って美咲を傷つけることの罪に思い及ばないほど、原因不明の焦燥感にかられます。彰が言うように、はけ口は美咲でなくても良かったのですが、たまたま都合のいいポジションに美咲がいて、その長年の好意を利用し、甘えてしまったということです。


冬弥の、はるかしか愛せない基本設定上、美咲に関しては当初、ただのはけ口にしただけというのは紛れもない事実です。どれだけ言い訳したところでそれは疑いようがありません。美咲編の冬弥の言動は身勝手で、どう考えても相手が好きで取る態度ではありません。扱いが雑で、思いやりが少しも感じられません。自分が、美咲を知人としては好きでも、恋愛対象として見ていないことをよく判っているからこそ、冬弥は「美咲さんが好きなんだ」と自分に言い聞かせるのです。好きでもないのに手を出してたら最低ですからね。冬弥はその最低なことをしたと認めたくないだけです。ただ、現時点、発狂ぎりぎりの瀬戸際にある冬弥に、誰も傷つけず清廉であり続けるのを求めるのはかなり酷だと思います。どうしようもなく辛い時に、優しい誰かがいたら、これ幸いと寄りかかってしまっても仕方ないのではないでしょうか。作中通してはるかに、あまり思いつめないよう諭される冬弥ですが、ほっとくとすぐ思いつめる性分の上、苦悩を次々加算させていくので本当に手に負えません。あの性格なんとかならないのでしょうか。


普段どんくさい冬弥が、何でよりによって美咲の想いに気付いてしまったのか不思議に思いますが、記憶喪失というハンデがあるから見解が狂いがちなだけで、元々感受性が強いですから、冬弥は馬鹿っぽく見えて、案外色々知っていてわざと子供っぽくとぼけているだけなのかもしれません。冬弥が浮気性だとか意志が弱いとかで叩かれるのはよく見かけたものですが、カマトトで叩かれているのはあまり見たことありません。浮気性や意志薄弱は仮の姿なんで、実質のカマトトを大いに叩くべきです。あいつ「俺判んない!」と言ってれば何でも丸く収まると思ってる節がありますからね。冬弥が本当に判らない時は「判らないけど」とかいちいち前置きせず、そのまま見解を出します。そして外します。「判らない」とわざわざ言う時は、色々判っていながら「判らない」ていを装ってはぐらかそうとしている場合が多いです。冬弥は天然とカマトトの複合、記憶喪失と嘘つきの複合なので、発言内容がどっちに傾いているのか、その都度見極めるのが重要です。素で間違えることと、わざと間違うこと、知らなくて言えないことと、知っていて黙っていることが作中ランダムに散らばっているので本当にややこしいです。


冬弥に女性を惹きつける魅力があるようにはとても思えないという人も多いと思います。よほど見た目がいいのか知りませんが(何かの媒体で、原画さん画の冬弥を見たことありますが、確かに見た目はいいです。そして笑えるほど雰囲気がはるかそっくりです)、あんなどうでもいい小物なのに無条件に好かれて納得いかない。特に美咲が高校時代から継続して、しかも冬弥が恋人持ちになってからも、さらに後に改めるとはいえ、ひどい扱いをしてきてもなお想い続けるほどの価値があるのか疑問ですよね。けれど、マナの項目で述べた仮説が真実であるなら、けっして無条件という訳ではありません。下準備に怠りのない美咲のことですから、冬弥の事情は把握済みでしょう。不幸な境遇にありながら、そんなことまったく感じさせないで、他人の心配ばかりしている冬弥の性格は、少し危ういとはいえ、相応の魅力は備えていることになります。発言の端々からも、そんな人が美咲のタイプだと示されています。冬弥がただの凡庸無設定主人公にしか見えないってことは、それだけ彼の努力で虚像が維持されてるってことです。冬弥の境遇についての疑惑が巷にほとんど出回っていないのを見るに、それが真実であるならしっかり読み手をだましおおせていると言って良いでしょう。さらには美咲自身が、他人を手取り足取り世話したい献身的な性格であるため、冬弥の、幼いというか、危なっかしくて頼りない所もそれなりに魅力的に映っているのではないかと思います。そのため、美咲編で暴走して右も左も判らなくなっている不安定な冬弥は、美咲の庇護欲・母性本能をくすぐる対象です。冬弥の都合で一方的に振り回され、逃げ惑っているだけに見える美咲ですが、意外と内情では美咲側にもいくらかメリットがあるのです。冬弥に散々引っかき回され、年長者として不甲斐ない感もありますが、美咲は、冬弥の症状も、境遇も、本当の想い人も、全部判った上で、冬弥と共にいることを選んでくれます。ラストで美咲は、冬弥を差し置いて単独で由綺と対峙します。冬弥は自分の事情を自覚できないので、説明も弁解もまともにできない訳で、そこは美咲が先回りして、由綺への謝罪を一手に受け持つしかないのです。まともな説明と弁解ができないのは美咲も同じですが、事情を知る者として冬弥をかばい、矢面に立つことを選びます。何から何まで美咲の世話になり、何とか日常を取り戻す冬弥ですが、美咲に恩を返し、大切にしていくのはエピローグが終わった後、これからといった所でしょうか。